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住野よる、TaiTanらが選ぶマイ・フェイバリット『クレヨンしんちゃん』映画

「野原一家の冒険」という軸のもと観客を楽しませるべくあらゆる挑戦を続け、今年30周年を迎えた映画『クレヨンしんちゃん』シリーズ。子供向け作品でありながら大人をも魅了する観るべきタイトルが多数。その魅力を、各界のクレしんファンが熱く語ります!

text: Ryuto Seno

『クレヨンしんちゃん 新婚旅行ハリケーン ~失われたひろし〜』
(2019年第27作)

語る人:松居大悟(映画監督)

人と過ごす時間の価値に、
改めて気づける夫婦の物語

シリーズでは珍しい、夫婦の関係を題材にした話です。誘拐されたひろしを救いに行くみさえたち登場人物の“動”の魅力が丁寧に描かれています。見どころは終盤、ひろしがみさえの元へ駆けだすシーン。ひろしの顔がどんどん激しい表情に変わり、体の動きも大きくなっていく。

これ、アニメーションならではの演出で、実写では難しいんです。というのも、生身の人間が本気でダッシュすると演技ができなくなり、素の表情に戻ってしまうから。リアルでは叶わないファンタジーだからこその表現に、面白さを感じます。

反対に、見せ場ではないシーンのなにげないセリフにもグッときます。一行が溺れかけている最中、まだ赤ん坊のひまわりがおっぱいを飲みたがる展開で、授乳中のみさえがサラッと放った「生と死の狭間で〜!」という一言は本当にすごい。人間の生存本能のすごみが凝縮されています。

ストーリーに深みを出しているのは、明らかにみさえですね。彼女の終始徹底した行動スタンスがかっこいい。しんのすけやひまわりを危険に晒さないために一人でひろしを助けに行こうとするんですが、そうやって誰かのために一生懸命になれる強さは、簡単に持てるわけじゃない。

人と一緒に生きる価値について、間接的に教えられているような気がします。笑いと感動のバランスも絶妙だし、人間関係に疲れた大人に刺さるはず。いつかクレヨンしんちゃん映画の脚本を書いてみたいなんて、妄想も膨らんじゃいます。

映画『クレヨンしんちゃん 新婚旅行ハリケーン~失われたひろし〜』
©臼井儀人/双葉社・シンエイ・テレビ朝日・ADK 2019

『クレヨンしんちゃん ヘンダーランドの大冒険』
(1996年第4作)

語る人:久野遥子(アニメーション作家)

あの手この手で恐怖を煽る、
美麗な美術の異色作

とにかく、不穏!序盤はテレビシリーズの延長のようにおっとりしたテンポで物語を進めて、子供がしんちゃんに自分を重ねられる時間を作ってから、楽しい遊園地をおっかない場所へ変えていく。本当に容赦ない構成。でも、だからこそ、大人が本気で作った映画だと思えて好きなんです。

しかも、恐怖の表現にも幅があって。童話のような怖さもあれば、現実的な表現もある。例えば、家に詐欺師が上がり込んできて居座るというような、大人が観てもいや〜なシーンも組み込まれています。大人であるひろしやみさえがしっかりと物語に参加しているからこそ、こういった種類の怖さも描けるんですね。

『ヘンダーランド』は、絵作りも独特。一般的なアニメはキャラクターが主役で、背景は人物を邪魔しないように描きがちですが、この作品では主張が激しめ。あえて遠近感を無視する一方、建物と建物の隙間に落ちる影は重みがある。

アバンギャルドな美術空間として描かれた遊園地が、物語を通して流れる怪しげな雰囲気を作る決め手になっています。ただし、しんちゃんがぐにゃぐにゃとした柔らかい造形だから不思議と馴染んで、子供が楽しめる作品として成立している。絶妙な塩梅が、格好いいんですよ。

さんざん怖さについて語ってきましたが、終盤は怒濤のギャグ攻め。コントラストが効いた展開に、大人になっても惹かれます。好きが高じてしんちゃんに仕事で関われるようになった今でも、観るたび一視聴者として観ていた子供時代に戻ってしまいます。

映画『クレヨンしんちゃん ヘンダーランドの大冒険』
©臼井儀人/双葉社・シンエイ・テレビ朝日・ADK 1996

『クレヨンしんちゃん 謎メキ!花の天カス学園』
(2021年第29作)

語る人:住野よる(作家)

感動を強要されないから、
何度でも号泣してしまう

僕は「子供たちが、笑えたり泣けたりするものが、本当にすごい」と思っています。この映画は、まさしくそうなんじゃないかと。学園モノのミステリーをテーマに、5歳児の友情を真剣に描いて、ちゃんと子供たちの物語を作っている。

結果として、大人たちも勝手に感動してしまうんです。描き方は新しいのに、これぞ『クレヨンしんちゃん』という作品で、近年の最高傑作です。観るたび泣いてしまうのは、中盤でしんちゃんと風間くんが「お前なんか○○のまま生きてろ」と言い合って喧嘩をするシーン。親友でありライバルという2人の関係が表れた名場面だと思います。僕みたいな大人は、“主義主張や性格が全く違う者同士でも友達になれるはず”というメッセージを勝手に感じたりもして。

「青春とは?」の問いかけに、登場人物たちが次々と自分なりの答えを叫ぶクライマックスも素晴らしい。青春を美化しすぎず、孤独やコンプレックスなどネガティブな部分や悲しい部分も、ちゃんと回答に含まれている。

また、ちょっとしたセリフにも脚本のこだわりを感じます。ボーちゃんらしい「目から鼻水」って強がりも青春っぽくていいし、ネネちゃんとマサオくんの「しんちゃんは頭じゃなく」「尻で考えるタイプでぃ!」なんてセリフは意味不明だけど勢いがあって、大人になった今でも思いっきり笑ってしまう。子供たちに向けて真剣に作られたおバカさが、長年のファンである自分にとっても、たまらないです。

映画『クレヨンしんちゃん 謎メキ!花の天カス学園』
©臼井儀人/双葉社・シンエイ・テレビ朝日・ADK 2021

『クレヨンしんちゃん ガチンコ!逆襲のロボとーちゃん』
(2014年第22作)

語る人:TaiTan(ミュージシャン)

時代によって印象の変わる、
ロボとーちゃんに惹かれる

劇場版シリーズは、コンスタントに話題作が生まれていますよね。公開から時間が経って観返すと、当時と違う発見があって面白いんです。

『ロボとーちゃん』は、父親が物語の軸になっている、この手の映画にしては稀有な存在。しかも、ロボットという特殊な設定で(笑)。僕はロボット版ひろしのことを、ある意味、父親が社会的コンプレックスを克服するために、自己改造に走った姿の象徴だと思っていて。家父長制がより強かった頃のような男性像が、具現化された感じというか。

でも、ラストシーンでは人間のひろしに腕相撲で負けて、そのうえ機能停止してしまう。その幕切れの仕方に対して、学生時代はセンチメンタルな印象しか持たなかったんですけど、つい先日再観賞した時は「本当にこれでよかったんだろうか?」と思って。

幕切れの意味を今の時代の感覚から考察すると、なお一層面白いと気づいたんです。2014年公開の作品ですが、観る時代によって感想が変わるのもユニークなポイントです。

ただ、「人生のバイブル」にするような作品かというと、そうではありません。僕にとっては、社会的な主題を象徴するコンテンツとして、キッズアニメの映画が最適なフォーマットになるんだと気づかせてくれた存在です。

とやかく言いましたが、まだ観たことのない人は「子供向け映画でしょ?」と気軽に再生ボタンを押してみて。意表を突かれて、もう一度観たくなるはずですから。

映画『クレヨンしんちゃん ガチンコ!逆襲のロボとーちゃん』
©臼井儀人/双葉社・シンエイ・テレビ朝日・ADK 2014