あんな静かな映画なのに、今の自分にこんなにも刺さるとは
第九回:高橋 盾(ファッションデザイナー)
デザイナーとして猛烈なスピードで日々を走り続ける高橋盾にとって、COVID-19からの3年は、人生を見つめ直すきっかけともなったいう。スローダウン、穏やかな生活のなかでの刺激を見出し、人生のささやかな楽しみを得て過ごしたいと、模索していた高橋にとって、『PERFECT DAYS』の平山から受けた印象こそが、その答えであったと。
「あんなに静かな映画なのに、今の自分にこんなにも刺さるとは。平山さんの生活は理想だなと思いました。実際、同じような暮らしができるかは別として、若い時から突っ走ってきた自分にとって、今50歳を過ぎて、すごく考えさせられることが多かったですね。どこかで平山さんのような波のない生活を望んでいたんだなあと鮮明に自覚しました。
性格的にもわりと波がある方だとも思いますし、仕事もこれだけ所帯が大きくなった会社で、毎回コレクションを発表しては評価に晒されたり、プレッシャーのかかる状態でやっていますから、余計にそう思います。そんななかで最近、絵を描いているんですけど、その時間は波がなくて、自己完結できます。自分はこういう方向に向かっていけばいいという答えでもあるし、平山さんの感覚に近いような気がします。
平山さんの生活って、朝起きた時からルーティンですけど、それが彼にとっては刺激的なんだろうなと。竹箒の掃除の音で目覚めて、苗を愛でて、玄関に並べてある鍵や小銭を順番にとって、アパートのドアを開けて、空を見上げてうれしそうに微笑む。そのルーティンにすごくショックを受けたんです。『今の生活ってなんだろう』って。
20代、30代、40代と先鋭的な波を強く受け過ぎた自分にはそれがトラウマになっていて、今は日常に潜むそのくらいの小さな刺激で十分な気がします。それでも絵を描いている時は、平山さんのように深いところに静かな揺さぶりが感じられるんです。
コロナ以降、自分の生活も変化しました。離婚をして一人暮らし、海の近くにアトリエを構え、環境を変えたこともあって、飲みにも遊びにも行かなくなりました。ただ家に帰ってのんびりするっていうルーティンで、限られた人としかつながらない生活です。
理想的な人間関係だけでなく、自分のキャパを認識しはじめたんだと思っています。平山さんが空を見上げて微笑むように、自分も空を見上げたり、富士山を見て、日々の変化を感じ取れたらいいなと。今の生活に置き換えながら、映画を観ている自分がいます。
平山さんって本当に楽しそうですね。辛いって感じがまったくありません。しかも、観ていて安心したのはまだまだ欲があるんですよね。そこがすごく人間らしい。
僧侶のようだとヴィム・ヴェンダース監督はYouTubeで話していましたけれど、それにはちょっと遠くて、まだどこか達観できていない部分がある。そこが観ていて心地よかったです。清掃員の若い後輩が辞めた時、怒ったりもしますしね。平山さんも怒るんですよ(笑)。もし、『いーよ、いーよ』って人だったら、興味が薄れます。あのくらいの感じの人になりたいです。
平山さんと自分を重ね合わせてみるんです。平山さんの場合は変えなくてはならないほど強烈な過去があったから、あえて振り切ってあの生活にシフトしたんだろう、というのが見立てです。自分の場合はあながち全部が辛いってことじゃないですが、自らが生み出すものによって感情が左右されます。なので、東京とは違う環境を用意して徐々に軸足を移していければと思っています。
この映画、もうすでに2度観たんですが、最初は平山さんの過去に一体何があったのだろうってところが気になったんです。でも2回目は、平山さんの過去よりは、彼が今何を考え、何に喜びを感じているんだろうということを探りたくなりました。3回目も観たいと思っているんです。今度は欲望の部分がどの程度なのかを、掘り下げたいなと思っています(笑)」