なにも起こらないことって、私は好きです
第七回:黒木 華(俳優)
昨年、主演した映画『せかいのおきく』では、人間にとってなくてはならないトイレや、循環社会という題材に向き合った黒木華さん。
日本人のトイレへのこだわり、それを軸に展開するトイレ清掃員、平山のささやかな日常。話題はそれを表現する役所広司さんの演技へと次第に展開していく。『PERFECT DAYS』に漂う空気のように穏やかに、そしてゆったりとしたトーンで語る黒木さんが共感を得たポイントとは?
「なにも起こらないことって好きです。私は生きていて、劇的なことはそんなに起きないと思っているんです。だからこそ、ちょっとしたことが楽しく、些細なことがうれしかったりするんでしょうね。平山さんの毎日って、その繰り返しのようです。
大きなことは、なにも起きないながらも確固たる自分のルールがあって、そのルールが小さい綻びをみせたり、人と出会ってノイズが起きたり。穏やかな日々の中で、ちょっとずつ変化していく、そんな平山さんの生活にはとても共感できます。
『PERFECT DAYS』は細かいことを丁寧に伝えていますが、明確な答えがあるわけじゃない。観ている人のテンションだったり、その人のまわりに、起こっていることで解釈が異なります。私はそういう映画が好きです。
いまの時代は映画を早送りで観ている人がいたりして、そんな社会のスピード感に慣れてしまうと、この映画から感じることが少なくなる気がします。答えを早く求めるあまり、映画にひそむ細かい表現だったり、間だったりが台無しになってしまう。スクリーンの前に座って、腰を据えて向き合う時間が尊いものだと、改めて気づいた映画でもありました。そんな作品に久しぶりに出会えた気がします。
印象に残るシーンですか?なんといってもラストシーンです。強烈でしたね。役者としての立場からは、あのシーンはどういうふうに演出されたのだろう?演技の細かい部分についてヴィム・ヴェンダース監督との間にどういう会話があったんだろうとか、外国人のヴェンダース監督が“木漏れ日”みたいな言葉をどうやって解釈したのだろうかとか、制作のプロセスに興味を持ちました。
ラストシーンの役所広司さんの表情が素晴らしく、平山さんのこれまでの思いとか、暮らしのすべてが表情に込められていました。泣いているようでもあり、うれしそうでもあり。過去になにがあったんだろうと、映画で描かれていること以外のことに思いを巡らせてしまいます。
どういうふうに生活して、どういうものを見て、どう感じたら、こういうお芝居ができるんだろう。きっと、役所さんも平山さんに近いところがあるんでしょうね。
友達と2人で観ていたんですが、映画が終わって、しばらく言葉が出なかったです。ラストシーンもそうですが、答えを出させない映画というのも、またずるいなと(笑)。
なんだか観終わったあと、クルマの運転がしたくなりました。海でも山でもいいのですが、自然が奏でる音を聴きに、あてもなく、どこかに行きたくなるというか。
機会があったらまた観たいです。絶対にまた違う感覚でしょうね。1回目はわーっと、作品を浴びるだけでしたから、2回目はもうちょっと、入り込んで観たらまた違うんでしょうね。それこそ、私が役所さんと同じくらいの年になった時に観たら、どう感じるんだろう?未来の自分の感受性にも興味があります」