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MY PERFECT DAYS 〜10人が語る特別な日常〜 中村佳穂の場合

観る者に解釈を委ねる映画が好きだ。自らの人生を重ね合わせて妄想したり、物語の続きを考えたり……。ついに公開が始まったヴィム・ヴェンダース監督の『PERFECT DAYS』は、そのお手本のような映画。この作品を観た文化人10人に、「あなたにとってのPERFECT DAYとは?」を尋ねました。

text: Akane Watanuki

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縁のある島で過ごした、幸せの深度の深い一日

第六回:中村佳穂(ミュージシャン)

「主人公の平山さんは自分の幸せの深度を知っている人。木のような、あるいは凪のような人だなと思います」と語る中村佳穂さん。自分のPERFECT DAYは、幸せの深度が深い日だという。

「たとえば、今手もとにある大切なものが、自分のところにたどり着くまでにすごく時間がかかったとか、忘れ難いエピソードがあるとか、そういう感情を経ていたら深度が深まる。人生のなかで幸せの深度の深いところを私は見つけていきたいなと思っています」

平山は昔から愛用しているものを大事にし、毎日のルーティンを崩さない。しかし新しいものに触れ、生活に他者を介入させるほどの幅広さはない。それは、さまざまなことを諦めているようにも見える。

「でも諦めているから幸せともいえて、足るを知っている。自分の持っている器の大きさがこのくらい、とわかっている。新しい音楽や姪っ子まで入れると、器から溢れて自分の凪が維持できないと知っているから、これ以上はいらないというメモリが作動しているんですよね。でも現代社会で『これだけでいい』と思うのはすごく難しい。あればあるだけいい、という時代だからこそ余計に」

この映画は、足るを知る平山の生き方にフォーカスし、外国人監督作品というのもあって、日本の禅的な世界観と重ねて語られているところもある。

「禅も自己の揺らぎを見つめ、自分の足りないものを把握する姿勢のことでもあるから、平山さんはそれを体現している人なのかもしれません。でもそれを強い精神で維持するというより、器に入らないとわかっているくらい弱気な方向性なのが人間っぽくていいなと思います。一応優しさで器に入れてみようとはするものの、やっぱり入らない、みたいな」

平山には、毎朝仕事場のトイレに向かう車の中で、カセットテープを流すというルーティンがある。そこから聴こえてくるのは、彼が若い頃に好んでいたと思われる1960~70年代の曲。

「私はカセットテープの世代ではないので、車内に流れていた曲も新鮮に聴いていました。カセットの若干ノイズの入った音から、現代の音にパンと切り替わるのも、私には気持ちよかったです。画面とリンクした音の切り替えが美しい。そういう意味で、カセットの音は効果的。あれがノイズのない『Feeling Good』だったら全然違っていたはず。ああいうノイジーな音だからこそ、曲や歌はもちろん、映像に映っている人物の揺れや深みを感じられるし、一方で現代の音も音質が良くて情報量が多い。両方あってよかったと思います」

現代の音作りはそれぞれ単体で録った音を立体的に配置し、彫刻のように形作るからVRっぽいのだという。60~70年代の音楽はミュージシャン本人の心の中のバランスを追求し、複数の音を一つの機械に集約させるから平面になる。

「平山さんは圧倒的に平面の人ですよね。『Spotifyってどこの店?』って姪っ子に聞いているくらいだから。でも立体的な音を聴き慣れている今の人も、的確に受け取れている情報量はそんなに多くないと思うんです。情報を選んで処理する能力を試されている時代だから。それは音楽だけではなくて何でもそう。膨大な中から選別して、必要のないものを削っていくのは難しい。だから足るを知るのは簡単ではない美学だなと思います。一方で、最近ケンドリック・ラマーが数人にしか電話ができないスマホを出したと聞きましたが、そういうのがいいなと思う時代に少しずつ変わってきているのも感じます。この映画を見て、平山さんを羨ましく思う人が多そうなのは、そういうことも関係しているかもしれません」

平山を自分の幸せの深度を知っている人、という中村さんのPERFECT DAYは、具体的にはどんな日なのだろう。

「先日縁があって奄美大島の加計呂麻島という島を訪ねました。みんな私を親戚の子だと思っていて、あれを見せたい、これを食べさせたいって、すごくもてなしてくれて。島の人は毎日夕陽を見るのを楽しみにしているんですね。きょうは何時がきれいだからと浜に連れて行かれ、暮れるまでみんなで夕陽を眺める。特に目立つこともなく、穏やかに一日が終わっていく。そうやって、ささやかだけど幸せな瞬間を探しに行くことを、誰も冷笑したり非難したりしない。それが本当に素晴らしいんです」

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