視点を変えれば見えてくる。小さき虫たちの深淵な世界
昆虫を愛好し、その観察、捕獲、標本制作や飼育、研究などを趣味とする人たちのことを“虫屋”と呼ぶそうだが、解剖学者の養老孟司先生と、フランス文学者でファーブル昆虫館〈虫の詩人の館〉館長の奥本大三郎先生も、大の昆虫好き。虫屋である。
好きが高じて、生物学者で同じく虫屋の池田清彦先生と共にNPO法人むしむし探し隊の監修者を引き受けているのだ。梅雨前線が日本列島を覆う7月上旬、箱根にある養老先生の別荘を訪れた。
「僕は今日みたいな梅雨の晴れ間が一番好きですね。今頃は春の虫と夏の虫の端境期で、いろんな昆虫が捕れるんです。近くに、昆虫採集にもってこいのスポットがあるからさっそく行ってみましょう。きっとヤマボウシの花が満開ですよ」と、養老先生。愛用のルーペと吸虫管を首からぶら下げ、「小雨が降っているから」と、ビニール傘と棒切れという驚くほどラフな格好で準備万端。
一方の奥本先生は、虫屋の三種の神器、毒ビン、三角紙（捕ったチョウなどが傷つくのを防ぐために包む道具）、そして虫捕り網を準備。虫捕り網は軽いに限る！と、竿は最長3mまで伸びるカーボン製の最新型。よく見ると、「モンスター磯玉」の印字が。
長い竿が断然、有利！虫捕り網でチョウを捕る。／捕虫網は昆虫採集において最も重要な道具。本格的なものは竿、枠、網が別売りになっていて、好きなように組み合わせて使う。竿はとにかく軽くて長いが理想。 
捕った虫は殺虫用の薬品を染み込ませた毒ビン（殺虫管）と呼ばれる瓶に入れて持ち歩く。専用の広口ガラス瓶もあるが、ドレッシングの容器でも代用可能。
「そうそう、これは釣り用の竿です。網の素材も、NASAあたりが最先端素材を開発してくれるから最近はいいのがあるんですよ。虫だけに、虫屋は“寄生”上手（笑）。よそで開発されたいい道具をなんでも取り入れちゃう。改造して自分専用の道具を作るのも楽しいんですよ。あ、100円ショップは我々虫屋のためにあるようなもの。あそこは宝の山だね」と、虫屋あるあるを披露。
山の天気は変わりやすい。目的の採集スポットに着く頃には重たい雲もすっかり晴れ、雨も上がり澄み切った青空の下に真っ白なヤマボウシの花が満開に咲き誇っている。
「ね、いいところでしょう。あのヤマボウシもいいけど、隣に立派な立ち枯れの木があるでしょ。朽ち木には程よい湿気と虫の餌がたくさんあるから、あれこそ虫たちの絶好の棲処。枯れて1年目くらいがちょうどいい」と、すたすたと木の幹に近づいた養老先生。
ビニール傘を逆さに開いたかと思うと、おもむろに手にした木の棒で激しく枝葉を叩き始めた！これぞ養老先生の採集方法、ビーティング法。なんと地味な！と、侮るなかれ。開いた傘を覗くと、見たこともないような小さな虫たちがウジャウジャ。
叩き網＆吸虫管で、1cm以下のゾウムシを捕る。／養老先生が集めているのは甲虫類のゾウムシ。体長8mm程度の小さな虫を捕るには叩き網という道具が便利。小さな虫は手でつまむのが難しいので、吸虫管でヒュッと吸いとる。 
専用網もあるがビニール傘でも代用可能。網や傘を下に構え、棒で枝葉を叩き、虫をばらばら落とすビーティング採集方法。
「エグリクチブトゾウムシ、カントウヒゲボソゾウムシ、ジョウカイボン、デオキノコムシ、ウバタマムシ、お！ サビキコリもいますね」と、傘を覗き込んで片っ端から虫の名前を挙げていく奥本先生。「今日は雨上がりでお目当てのチョウは少ないから、僕は養老さんのを拝借採集。これが一番ラクでいい（笑）」。
そして落ちた虫たちは、あっという間に吸虫管で吸われ瓶の中へ。驚愕する取材スタッフを尻目に、「大丈夫、チューブの一方に網が付いているから虫を吸い込んでしまうことはありませんよ（笑）」と、養老先生は余裕の笑み。恐るべし虫屋の世界！
