DAY1(7月25日金曜日)
そもそも、フジロックへ行くこと自体が初めてだった。メンバーもみんなそうだった。
去年の夏は制作が立て込んでおり、ずっと部屋の中にいた。夏を感じたいなとYouTubeで「夏 高画質 海」と検索して、ニンテンドーのBGMを流しながらアイスを食べていた。
しかし、今年は私も夏の当事者だ。苗場の自然の香りは高画質を凌駕していた。
初日は青葉市子さんのライブから始まり、いろんなライブ・食を楽しみ、苗場とのチューニングが合ってくるような1日を過ごした。
ところで、皆さん“一世風靡”という言葉を実際に体感したことはあるだろうか。
私はこの初日の夜、まさに一世風靡、いやISSEI-HUBIされていく光景を目の前にした。
ROOKIE A GO-GOステージの近くにあるCRYSTAL PALACEにて。

私は常に昼夜逆転している。「夜になると本当に元気になるんだって思ったよ」とベースの丸山くんにも言われた。翌日に控えるライブ本番も23時からなので、朝まで起きて調整しようと考えた。
散歩していると、何やらチャラ箱のような音が鳴ってる建物がある。なんとなく入ってみた。最高だった。
何が最高かというと、まず、かかっている音楽が無国籍的で本当にクールであった。そして、そこで踊る人たちからは下心をあまり感じない、音楽ラヴァーたちによる渦が生まれていた。
すかさず、物販などいろんなサポートをしてくれているアツシくん、通称:あくんにラインを入れてみた。普段はローテンションだが、アツい何かを持っている人が私は大好きだ。彼もまたそういった人で、仮にわかりやすく言えば“アッパーな後輩”的な一面も持っている。
彼はローで入ってきて「音楽、めちゃかっこいいすね!?」とスイッチが入ったのか、謎のダンスを踊り出した。何か予感を感じた。
「あくん!このままいっそどセン(ど真ん中センター)へ行っちゃおう」

彼は変なおじさんと何かを融合したようなオリジナルダンスを踊りながら、CRYSTAL PALACEの中心へと向かい、立ち止まった。すると、なぜか指揮を振り始めた。私はポッケから魚眼カメラをスマホに取り付けてローアングルで動画を回した。さながら、スパイク・ジョーンズだ。
彼の指揮に呼応するように、さっきまでバラバラで踊っていた人たちが寄ってくる。
その中でも、通称:タンクトップニキが躍り出てきて、あくんとタンクトップニキのかつて見たことのないダンスバトルが始まった。そして、気づくとCRYSTAL PALACEの中心に大きな輪っかが生まれ、全員を巻き込むダンスバトルが始まった。
あくんが、彼のリアルなテンション感で、あの場をISSEI-HUBIしていた。
音楽、ダンスの起源をも感じるものがそこにはあった。
その後、彼は神輿のように担がれていた。その光景には、どことなく映画『ミッドサマー』を彷彿とさせるような不思議な美しさが舞っていた。いやぁ~、楽しかったな。

DAY2(7月26日土曜日)
時代の流れが確実に変わった。そんな瞬間を目の当たりにして、本当にワクワクした。
CA7RIEL&PACO AMOROSOのライブは本当に衝撃的であった。クレイジーキャッツ、SAKEROCKを初めて見た時と似たような感動と衝撃が全身を駆け抜けしびれまくった。
私たちMURABANKU。のテーマは「ただ楽しいをやる」だ。同情も共感もいらない。
大切なのは、リアルヒップホップ(正直)であり、楽しい!と思えるもの。
求めるものはその共鳴だけだ。
私たちは「ただ楽しい(from虚無)」である音楽ジャンルを“スチャラカコア”と呼んでいる。
誤解を覚悟で言えば、CA7RIEL&PACO AMOROSOのステージには圧倒的なスチャラカコアを感じた。(((broooooo)))と何度胸中で叫んだことか。
あの二人と最高のミュージシャンたちによる圧巻のステージのおかげで、私たちがこの晩にやるステージ、いやフジロック後にやるべきことが凄くクリアにはっきりと見えた。
CA7RIELとPACO AMOROSO、本当にしびれる最高なライブでした。ありがとう。

そろそろ入り時間だ。合流しなければならない。それまでずっと一人で木陰で音楽を聴いて精神統一していた。さすがは元バレー部だ。
とにかく、目先のものにとらわれず、遠く飛ばしたい。
星野源「Orange(feat.MC.waka)」を聴いていた。オードリー若林がラップで入っている、私にとってお守りのような、または虚無の底のような曲である。
リリースされた当時は、ほとんど自分たちの活動しかなくて、ずっとデリバリーの原付に乗っていた。その時にずっとこの曲をポツポツと歌っていた。
退勤後にファミレスに閉店まで残って、ひたすらノートに殴り書きをしていた。内へ内へ内へと向かう作業であった。
そう思えば、今も机に向かっている時間は変わらないかもしれないが、今はものづくり、または打ち合わせで人とやりとりする準備の時間へと、いつの間にか外へ外へと向かう作業になっていた。
真夜中 ルサンチマン 叩いて 作った
デロリアン 阿佐ヶ谷 イチ抜けた
MC.wakaのリリックだ。このデロリアン、自分にとってデロリアンは一体なんなのかノートにひたすら書いていた。これだ!とひらめいてから、少しずつ音楽仕事が入ってきて、バイトに入る時間がなくなってきた。
ひらめいた“それ”を全身全霊でフロアへアタックを決める。それが今日の夜だ。
決意を固めて、持ち歩いていたDSiを内カメラに設定した。自撮りしようと腕を構えると、外カメラ側に何者かの気配が。
「ピーーース!!」
陽気で小粋な音楽ラヴァーがWピースを送ってきた。
(((しょうがねえなあ!!!)))
こっち、今集中してるんだって!と乱されながらも、どこかキュンとしてしまい「オケオケオケ」と写真を撮ってあげてた。ほら、ちゃんとここに載せたよ。
これまで一緒にものづくり、またいろんな準備をしてきた同世代の仲間たちと、好きな音楽を通して出会うことのできた最高のミュージシャンたち。そして、コロナ禍に無名なまま上京してきて、なんとか活動を共に続けてこれたバンドメンバーのみんなの力で、やっとフジロックでライブができる機会が生まれた。
今回のライブでは、みんなで一緒にいい景色を見たいなと思った。
だから、私たちは“チーム音楽ともだち”で臨むことに決めた。

本番のステージは、それはそれは凄まじい光景であった。
人がどんどんと私たちの音に反応して集まってくる。気づけば、信じられないくらいの人たちが私たちのへっぽこな音楽にノッテいるのだ。
演奏していて不思議な感じがした。文章にするとスピリチュアルな表現になってしまうのだが、うまくいくライブには、お客さんとその頭上にポケットみたいなものが生まれることがある。音をそこに集中させると、さらにさらに盛り上がっていく。

私は一番上手のポジションで、ステージにいる“いい意味”であの世のようなキャラクター性を持ったバンドメンバーと、フロアのこの世を繋ぐような“脇役”のポジションだ。
ポケットがあるうちにメンバーに目線を送ってみる。すると、表情と共に新しい音が生まれてグルーヴに動きが生まれる。
そして、気づけばフロアが盛り上がっている。
これはフジロックのお客さんの音楽ラヴァーレベルが高いということにも救われたのであろう。
音への反応の速度が尋常じゃない。
ヘンテコでよくわからない私たちの音楽がこんなにも届くなんて。本当に驚いた。
手前味噌で言うと、あれはMURABANKU。の“ただ楽しい”空間が拡張されていたのだ。
それが“当たり前”のような世界が生まれていた。

演奏が終わり、楽屋に入ってガッツポーズをした。非常にナードなガッツポーズだっただろう。
いつの間にか自分のことへの興味がなくなってしまった。自分のことは置いといて、自分の身体を使って、目の前の空間を楽しませることはできるのだろうか。それが達成できたような気がして、嬉しかった。
そして、なにより楽屋にいる人たちみんな良い顔をしていた。
バンドメンバーも一緒にステージに出たみんなも、映像にカメラ、密着のお二人まで。
MURABANKU。のウチウチのコンセプト“ハッピーでいられてるか”も同時に達成できた。
“でんせつのライブ”にて、テテテテンとMURABANKU。のレベルがまた1上がった。
フジロックの皆さん、またハッピー虚無を一緒に揺蕩いましょう。

DAY3(7月27日日曜日)
お昼に目が覚めて、ベースの丸山くんにラインをした。
「どうしてもCreepy Nutsを最前で見たい・・・。行かないすか?」。
するとポン!「良いよ」と即答をいただき合流して、最前線を目指した。
丸山くんが「ハライチ澤部さん方式で行こう」と提案してくれた。レッチリを最前で観るために編み出したハライチ澤部式の方法があるという。それはとにかくグル〜〜〜っと回って行くという画期的!な方法であった。私たちは最前線に到着した。皆さんもぜひ、この澤部式ご活用ください。

冒頭でも記述した“リアルヒップホップ”、これはCreepy Nutsが教えてくれたものだ。
学生の頃に彼らの音楽と出会い、バイトに行くときは「たりないふたり」を聴いて、精神統一して出勤していた。自分が擬態をしなくていい音楽だ。
DJ松永のDMC世界大会は当時なぜか2画面にして生中継で優勝を見届けた。
ターンテーブルのかっこよさ、そして松永氏のプレイは本当に圧巻であった。
フジロックで目の前であのプレイを見たい。ライブが始まり、2人のプレイを食い入るように見た。
ライブが終わり、少しだけ後にいた丸山くんが「モニターに慈人映ってたよ」とニヤニヤしていた。まじ!?嫌な予感がした。
「みんなが跳ねている中、一人だけ『アサシン』みたいな顔で見ていたよ」と笑っていた。
やっぱり〜〜〜〜〜。
本当に良いライブや集中して見たい時は硬直してしまうのだ。
それはきっと彼らの日常から生まれたエンターテイメントを食らってしびれていたということであろう。私たちもリアルヒップホップを続けていこう。
◯
苗場ともついにお別れのタイミングがやってきた。
暮れかかる苗場の山々をチェの運転で降りていく。
また来れる時があったらいいな。
自分の人生に分岐が生まれた、そんな3日間であった。
ありがとう、フジロック。
