『映画 聲の形』や『リズと青い鳥』など、10代の若者たちの繊細な心の機微を捉えたアニメーション作品に定評のある山田尚子の待望の新作『きみの色』は、「音楽×青春」映画だ。そして、もちろん脚本は、これまで山田と何度もタッグを組んできた吉田玲子。
吉田は、山田作品以外にも、『夜明け告げるルーのうた』や『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』など、近年高く評価された作品の脚本も手がけ、名実共に現在の日本のアニメ界になくてはならない存在だ。そこで、『きみの色』の公開に当たって、脚本を書いた吉田にこの作品について語ってもらった。
音楽と青春を、今改めて
山田×吉田のコンビ作といえば、キャラクターデザインを高野文子が担当したテレビアニメ『平家物語』も話題になったが、久しぶりの劇場映画は、「音楽×青春」映画だ。
「山田監督のキャリアは『けいおん!』からスタートしているんですが、自分の原点は音楽ものという意識があって、今回はその原点に戻ってみたい、今の時点で、改めて音楽ものをやってみたいという思いがあったようです」
この映画は、人の「色」が見えるという、ミッションスクールに通うトツ子が、美しい色だと感じた同じ学校に通うきみと、きみが店番をしている古本屋で出会った音楽好きの少年ルイと3人でバンドを作る話なのだが、そもそもタイトルにもなっている人の「色」が見えるとはどういうことなのか。
「色が見えるというのは、山田監督が書かれた原案の中にも入っていたんですけど、私としては、普通の人でも人の顔色を窺ったり、話をする時に、その人の発する雰囲気とかを読み取ったりもするので、そこまで特殊な能力とは受け取らなかったんです。それは、ある種の繊細さでもありますよね。そういう繊細な子が、ほかの2人の繊細な子たちと3人でバンドを作ったらどうなるのか、というのが発想の原点です」
“バンドもの”の新しい形
『けいおん!』以降、バンドもののアニメはたくさん作られているが、『けいおん!』も最初は4人編成だったように、フォーピースの、それもガールズバンドが多い中、ここではスリーピース、それも男の子が交じっているのが新鮮だ。
「スリーピースという考えは山田さんから出てきて、じゃあバンドのメンバーどうする?どういう子たちがバンドやる?そういうキャラクターを考えるところから始まって、女の子だけでなく男の子も入れたいなということになったんです」
思えば、『リズと青い鳥』の主題歌を歌ったHomecomingsも、『平家物語』の羊文学も、女性中心で、男性が1人加わるバンド編成だったが、何となくバンドをやりたいという女の子2人に対して、ルイはこれまで孤独にDTMで音楽を作ってきた男の子。その3人が作るバンドは、通常のギター、ベース、ボーカルではなく、ギターとダブルキーボードという変わった編成だ。さらに注目なのは、ルイがテルミンも操ること。
「それも山田さんが言いだしたことなんですけど、たぶん見える、見えないということにいろんなことをかけていて。見えない音色とか、見えない気持ちとか、見えないものが色で見える子とか。その対比で、音をどうやって出すのかが見えにくいテルミンのような楽器を入れたかったのかなと。キャラクターの繊細さも出る気がして」
山田さんは、リズの先に行くんだな
そんな3人が奏でる音楽はEDM。今回は、音楽を担当する牛尾憲輔の音楽性とも見事にマッチする。そんな3人が練習をする場所は、ある離島の今は使われなくなった教会だ。
「今回の作品は、先にイメージを投げてもらって、私が形にして、というやりとりを繰り返していきました。初期の段階で山田さんからこういう光の感じでやりたいというイメージ写真を送っていただきました。あの教会は、繊細なあの3人にとってのサンクチュアリー(聖域)なんですね。
そして、トツ子の通う学校をミッションスクールにしたのも、ステンドグラスから入る光とか、淡い光の中に包まれていた子が、自分から光を発するようになるみたいなイメージが、なんとなく山田さんの頭の中にあったのだと思います。
完成したこの作品を観て思ったのですが、『リズと青い鳥』にはまだあった淡い輪郭線も、それすらなくなって、水彩画のように色が滲(にじ)み、混じり合ったフィルムになったなという気が自分ではしています。山田さんは、リズの先に行くんだなと」
トツ子は、人の色は見えるが、なぜか自分の色は見えなかった。このバンド活動という経験を通して、彼女が最後に見る自分の色とは、山田が目指すアニメとは。それを確かめに、ぜひ劇場で!