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私が映画を観て沁みた時の話。作家・羽田圭介

あの日あの時、観終えた後に感情が大きく動いた忘れられない一作。作家・羽田圭介が語る、胸に沁み入る物語に出会った時の記憶。

photo: Wataru Kitao / text: Kohei Hara

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人は自分の見たいように夢と現実を見ようとする

マルホランド・ドライブ

23歳で会社を辞めて専業作家になった頃、ホームシアターの環境を整えて映画をよく観ていました。遊びに出かける余裕もあまりなかったし、映画は気軽に非日常を体験できるから、執筆活動の合間の一番いい気分転換になっていたんです。

その当時に観たのが『マルホランド・ドライブ』です。正直、一回観ただけでは理解し切れないほど物語も映像も入り組んでいると感じました。単純化すれば夢追い人の理想と現実がテーマだけれど、『ラ・ラ・ランド』のようなそれを直接的に描いた映画とは違い、人間の認知の歪みを通して描かれているのが面白い。

映画『マルホランド・ドライブ』
©Photofest/Aflo

特に終盤の、主人公が“自分の見たくなかった世界”に辿り着いてしまう場面は衝撃です。自分に正直に生きているつもりでも、知らぬ間に心を偽ってしまうことが、私にもあります。人は自分の見たいように夢と現実を見ようとする。そうした自分すら気づかない“心の迷宮”が、断片的な映像によって表されている部分に強く惹かれます。

2023年、また観返してみたんです。30代後半になって観ても、やっぱり面白かった。と同時に、自分はもしかしたら当初目指していたのとは違う道を歩んできてしまったのではないか、という思いにも駆られました。23歳の頃は大きな夢を見ていて、部分的には叶えられたこともある。生活も変わりました。

でも、まだ書けていないような小説があったり、そもそもそれが自分の作風には合わないかもしれないと思ったり。理想と現実のギャップは、確実に未来が減りつつある今の方が強く感じられるなと。映画を定点にして、自分を見つめ直す時間でした。

作家・羽田圭介

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