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「手法がテーマを担う」。監督集団〈5月〉が初の長編『宮松と山下』で新しい映画を切り開く

平瀬謙太朗さん、関友太郎さん、佐藤雅彦さんによる監督集団〈5月〉。「手法がテーマを担う」をモットーに、今まで4作の短編映画を発表、カンヌ国際映画祭などで高い評価を得てきた。そんな彼らが初の長編映画に挑戦。主人公は、名もない登場人物を真面目に演じる名もないエキストラ俳優。今回の映画がどのように作られていったのか、話を聞いた。

photo: Kaneshita Masanori / text: Izumi Karashima

名もなきエキストラ俳優の先に物語を見出す

佐藤雅彦

私たちは映画を台詞で、つまり言葉を軸に組み立てるのではなく、映像を軸に組み立ることを常々話し合ってきました。この『宮松と山下』という映画も極端に台詞が少なく、言葉に頼る構成になっていません。映像言語により物語が組み上げられているのです。

言葉では伝えられない種々の出来事を、例えば、死んだと思われた人物がむくむくと立ち上がったときに覚える表象は言葉では作れません。今回、そういった表現は、関が出したアイデアが発端になったんです。

香川照之がエキストラ役者に『宮松と山下』90秒予告

関友太郎

僕は以前、NHKのドラマ制作部にいたんです。そこで助監督として初めて経験したのが時代劇でした。現場は京都の撮影所で、エキストラを取りまとめるのが僕の仕事だったんです。

エキストラの人たちって、午前中は江戸の町人をやっていたのに、午後になると衣装替えをして侍の格好で路地裏にいる。一日の中で何役もやるんです。急遽、天秤棒を担いだ魚屋さんが必要となれば、すぐにそれをやってくれたり、侍の斬り合いのシーンでは、人が大勢いるように見せなくちゃいけないので、斬られて死んでも、その後起き上がって別の侍になってまた出ていき、また斬られる。

これは面白いなって。エキストラの主人公が何度も斬られて死ぬ描写と、彼の実生活をまったく同じトーンで並べていくと、ユニークな映画体験になりそうだなって。

佐藤

実は僕も『ピタゴラスイッチ』の撮影でNHKのスタジオへ行くのですが、局内の食堂でよく侍の方々と並んで料理が出来上がるのを待っていたりすることがあって、その独特な世界が気になっていたんですよ(笑)。

ですから、関の話を聞いたときに、斬られた人がむくむくっと起き上がり、また別のシーンへ斬られに行く、その映像をすぐに想像することができたんです。すごく面白い!この手法ならばいける!って。

『宮松と山下』の脚本
『宮松と山下』の脚本を拝見。サンセバスチャン国際映画祭では、エキストラの宮松が監督の掛け声とともに見知らぬエキストラを相手に笑顔でビールを乾杯、口パクで談笑するシーンで大きな笑いが起こった。「あのシーンは僕も大好きなんです。600人の観客がドッと沸いたときは本当にうれしかった」と佐藤さん。

平瀬謙太朗

でも当初、この企画はアイデアを深めていくことができず、停滞していたんです。というのも、一般的に映画の主人公には物語を引っ張っていく強い存在感が必要ですが、一方、この企画はエキストラが主人公。エキストラには背景に潜む存在感のなさが必要です。

この矛盾する二面性を併せ持っている俳優が思いつかず、一体誰がそれを演じることができるだろうと。その答えが、私たちの中で長らく出なかったんです。そんなあるとき、香川照之さんの名前が出て。その瞬間、3人とも香川さんならできる!と確信しました。

そこからでした。より踏み込んで物語を考え始めたのは。なぜ主人公の「宮松」はエキストラをやっているのか。甘んじているのではなく、むしろ喜んでやっているんじゃないだろうか。

じゃあ、エキストラをやることで自分の居場所を感じて安心する宮松は一体どういう人なのか。自分という主体性のない人じゃないだろうか。じゃあ、主体性のない人とはどういう人なのか。

僕たちはいつもそうですが、そんなふうに手法の先にあるテーマを探っていくんです。そんなとき、やっぱり俳優が決まることで物語を深められる、と実感しました。

佐藤

過去4作、短編を作ってきましたが、俳優の持つ素晴らしい力を感じるようになったのが、黒木華さんに出ていただいた3作目からなんです。

それまで私たちは、俳優のいない映画を作っていたんです。1作目の『八芳園』はそれこそ全員エキストラで、2作目の『父 帰る』にもプロの俳優は出演しておらず、むしろ俳優の存在を否定する作品でした。

ただ3作目の『どちらを』では物語を牽引する俳優が必要と考え、黒木華さんにお願いしました。いちばん最初のシーンで彼女のアップを撮ったときに、表情にえも言われぬものがあり、とんでもない情報量があると圧倒されました。

この人はなにを考えているのか、悲しいのか、楽しいのか、未来を見ているのか、しゃべらずとも彼女の顔にすべてが入っている。やっぱり俳優の存在はすごいと。

そして刑務所内の美容室を舞台にした4作目の『散髪』は、主人公を市川実日子さんに演じてもらったんです。俳優とは、我々のテーマをそれ以上に体現してくれる存在だと、前2作で痛感させられたんです。

ですから、手法に内在するテーマを見つけ出すには香川さんの力が必要で、香川さんとならば一緒に探すことができると。実際、香川さんも私たちのことをとても面白がってくれたんです。

我々は3人で一人前ですから(笑)、脚本・編集はもちろん、演出も常に3人で議論し合う。現場では、香川さんはじめ、尾美としのりさん、津田寛治さんら多くの俳優さんたちと一緒に長編に挑戦し、宮松がどんな人間なのか、香川さんも含めて話し合いながら進めていきました。

香川さんが「この現場には映画がある」と言ってくれたときはうれしかった。とても含蓄のある言葉だなって。

あと、香川さんは「3人監督がすごくいい」ともおっしゃってくれて。いつものOKよりも信頼性がある、と。ああ、そんなふうに思ってくれるんだなって。つまり、映画の現場は監督のOKが絶対ですが、演者は「本当にいいのか?」という思いを抱くことがあるそうなんです。

監督はいいと言っているけれど、ほかの人たちもこれでいいと思っているのか、と。でも、僕たちは3人のうち1人でも納得しなければ進まない。3人それぞれの「OK」が出て初めて「OK」。そこを信頼していただいたんだなって。

佐藤さんの㊙ノート
佐藤さんの㊙ノート。自分なりにノート作りするのが好きな佐藤さんは、絵コンテをノートに貼り付け頭の中を整理する。

現在は新作の試作を撮影中

佐藤

香川さんと対峙する津田さんや尾美さんに関しては、素晴らしい俳優であることはもちろん、台詞を芯から自分の言葉として言えるかどうか、を重視しました。

津田さんと初めてお会いしたとき、「お兄さんといえば日本酒だったじゃないですか」って言うシーンがあるんですが、そこを何度もやってもらいました。

そして、尾美さんに関しては、実は大きな目論見があったんです。

佐藤

映像には「人種効果」というものがあるんです。例えば、我々日本人がメキシコの映画を観ると、主人公とサブ、最初の20分くらいはなかなか見分けがつきません。つまり、自分とは馴染みのない人種だと顔が同じに見えてしまう、それを人種効果というんです。

日本人は、香川さんと尾美さんと津田さんの見分けはつきますが、何も知らない海外の人は人種効果を起こす可能性がある。その場合、尾美さんの白髪はすごくいい。実は、映画においてこれはすごく大事なんです。私たちは、それを2作目の『父 帰る』で、俳優がシーンごとに入れ替わる短編を作ったときに学んだんです。

平瀬

そう、人間が入れ替わる面白さが海外の人には日本人ほどには届かなかったなあと。ですから、津田さんにはメガネを掛けてもらい、尾美さんは白髪。そこのキャラ分けはすごく意識しました。

佐藤

今回いちばんやりたかったのは、観客の方々に、これが宮松の現実だと思い込ませ、実は、あれ?それ芝居だったんだ、と足場が崩れる映像体験をさせることだったんです。

主人公がエキストラ俳優という設定があるから無理なく使える手法です。でも私たちは、そんな手法ばかりで映画を作っていいのか、という迷いもありました。今回初めて長編を撮ってみてわかったことに、手法重視で映画を作る私たちの姿勢は新しい映画を切り拓く一つになれる、ということがあります。

しかも、そこをもっと面白くしてもいいんだと。面白くすれば、観客は心を開きますから、そこでテーマを伝えていく。すごく勉強になりました。

平瀬

そこを踏まえ、現在は新作を進行しています。次はテレビドラマに挑戦してみようと。来年放送予定です。

佐藤

今までとは全然作り方が違うんです。ですから、脚本を作るための試作を今撮っていて。俳優の卵の人たちに協力してもらっています。私たちはよく試作をするんです。

映画の人からすれば、素人的な作り方に思われるかもしれません。でも僕は、『ピタゴラスイッチ』もコマーシャルも、今まで全部そうやって作っていて。試作は非常に大事です。

手法の良し悪しは実際に映像で観てみるまでわからないことが多くて。だから、まず試作を作り、この手法が本当に面白いのかどうかを確認しています。僕らの映画作りは、まず手法を見つけることから始まるので、手法が成立しなければ物語も広がらないんです。

平瀬

でも試作がベンチマークとなるので、それを超えないと面白くないぞというプレッシャーもあります(笑)。

佐藤

ぜひ、楽しみにしていてください。驚くような手法がそこにはありますから。

『八芳園』(右)と『どちらを』(左)。『八芳園』
カンヌ国際映画祭にノミネートされた短編『八芳園』(右)と『どちらを』(左)。『八芳園』は結婚式の記念撮影の際に生まれる「どうしようもない時間」を捉え、『どちらを』は実の父を知らない息子と母の話。
監督集団、5月の平瀬謙太朗さん、関友太郎さん、佐藤雅彦

左から、平瀬謙太朗、関友太郎、佐藤雅彦。