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妄想書店。私が本屋を始めるなら。Vol.4:漫画家・魚豊

小規模書店を開業できる新しい仕組み〈HONYAL〉が見据えるのは、個性豊かな本屋がちまたに溢れた未来。読書を愛するクリエイターたちなら、どんなユニークな店を開くのか。自由に妄想してもらった。

Illustration: Ayumi Takahashi / text: Emi Fukushima

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本屋の廃業が相次ぎ、活字離れが叫ばれる昨今。メディアの多様化やネット型書店の定着のみならず、新規開業のハードルの高さもその一因になっているのだとか。出版流通大手のトーハンが運用を始めたのが、新しい本屋開業パッケージ〈HONYAL〉。初期コストを最小限に抑え、在庫数百冊程度からコンパクトに始められるこの仕組みを使えば、自由な発想で本屋を開業する未来も格段に広がりそうだ。

地動説の証明に命を懸ける人々を描く『チ。』を筆頭に、斬新な物語を生み出すのが漫画家の魚豊さん。本を通じて膨大なインプットを重ねる彼が妄想する本屋はどんな姿だろうか。

欲望の変遷を知り、次なる自分の欲望を見つけるために

店主 魚豊

書店名 欲望本屋

思い浮かんだのは、“欲望”をテーマにした書店です。そもそも本とは、各時代に人々が何を考えているかを映す鏡のようなもの。多かれ少なかれ、当時の人々がどんな欲望を持っていたのかも表れるものだと思います。中でも各時代を象徴する欲望にさまざまな形で肉薄する本を、人文書、小説などジャンルを問わず揃えたいなと。

発刊された年代順に並べることで、テクノロジーの進化を機にさらなる利便性への欲求が高まったり、ライフスタイルの変化によって新たな物欲が生まれたり、変遷が可視化されるといいですね。棚のところどころに当時のヒット商品を展示して、博物館のような場にしても面白いかも。店名は直球で〈欲望本屋〉にしたいと思います。

あまた並ぶ本の中で核になるのは、1867年に第1巻が発刊されたマルクスの『資本論』でしょう。産業革命がヨーロッパへと拡大していく時代に、資本主義経済の問題点を指摘した名著です。新たな社会主義のビジョンが示された一方、この本を通じて資本主義が定義されたことで、かえってその拡大を促したという矛盾を抱える本でもあるんですよね。

資本主義経済は、際限のない富を追い求めることができてしまう、いわば“欲望加速装置”。本書を機に、人々の欲望の大部分が「お金を稼ぎたい」「物を買いたい」というものに方向づけられていったように思えます。良くも悪くも転換点にある本なので、〈欲望本屋〉の空間でも中心に据えたいなと。入口の扉を開けたら、目の前の棚に『資本論』が鎮座していて、そこを起点に前後の時代で動線が分岐する。そんな店内を妄想します。

新鮮な“欲望”に触れられる棚も

そもそも僕が欲望というテーマに関心を寄せるのは、漫画家としての今の自分が抱える葛藤に起因しています。駆け出しの頃は、漠然と「これを描きたい」「いっぱしの人間になりたい」という一心で前に進むことができていました。ですが自分の作品がある程度多くの人に読んでもらえた今、創作への欲望が次第に薄くなりつつあることを自覚していて。

一方で、ここで終わりたくない気持ちもある。作家は常に自分の問題意識に端を発して、言い換えれば自らの欲求に基づいて創作すべきだというのが僕の持論なので、当初とは異なる形であれ、新しい創作への欲望を見つけたいなと思っています。

そんな個人的な動機もあるので、〈欲望本屋〉には年代別エリアのほか、書店員が選ぶ、欲望を新鮮に描いた本のコーナーもあったらいいですね。最近読んで驚いたのが、佐藤究さんの小説『テスカトリポカ』です。

主人公の一人として登場する天才外科医が持つのが、「手術をしたい」という欲望。それも、善を成したい、周囲から崇められたい、お金を稼ぎたいといった種類のものではなく、神の意思に逆らって人間をコントロールしたいというものなんです。従来の医療モノにはあまりない切り口ながら、妙なあけすけさがあって説得力がある。この描き方は発明だなと感服しました。

底なしに何かを渇望してきた人々の軌跡やさまざまな欲望に触れると、やっぱりどこか心が沸き立つもの。物や情報が溢れ返り、日本全体にどことない停滞感が漂う中、訪れた人が自分なりの新しい欲望を見つけるきっかけの場になればいいですね。

妄想書店「欲望本屋」のイラスト
『資本論』が置かれた中央の棚を起点に広がる〈欲望本屋〉。ところどころにディスプレイされている各時代のヒット商品は、購入することができる。

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