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妄想書店。私が本屋を始めるなら。Vol.3:哲学研究者・永井玲衣

小規模書店を開業できる新しい仕組み〈HONYAL〉が見据えるのは、個性豊かな本屋がちまたに溢れた未来。読書を愛するクリエイターたちなら、どんなユニークな店を開くのか。自由に妄想してもらった。

Illustration: Ayumi Takahashi / text: Emi Fukushima

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本屋の廃業が相次ぎ、活字離れが叫ばれる昨今。メディアの多様化やネット型書店の定着のみならず、新規開業のハードルの高さもその一因になっているのだとか。出版流通大手のトーハンが運用を始めたのが、新しい本屋開業パッケージ〈HONYAL〉。初期コストを最小限に抑え、在庫数百冊程度からコンパクトに始められるこの仕組みを使えば、自由な発想で本屋を開業する未来も格段に広がりそうだ。

学校や美術館など各地で哲学対話の場を開き、さまざまな考えを掬い上げ、共に考える活動を続けているのが哲学研究者の永井玲衣さん。彼女は、どんな本屋の姿を妄想するのだろうか。

誰かのささやかな記憶を、記録し、保存する場を

店主 永井玲衣

書店名 応答

ある個人の語りや記憶を記録し、保存していくことのできる本屋をやってみたいです。そもそもどんな書物も何らかの記録ではありますが、災害、戦争、病、貧困……さまざまな経験をした人々の声をより意識的に掬い上げた本をアーカイブしていきたいなと。

例えば、東日本大震災後の岩手・陸前高田に移り住み、被災した方々の話を聞き絵や文章にまとめたアーティストの瀬尾夏美さんの本だったり、太平洋戦争末期に兵器製造に駆り出された少女たちの物語を、膨大な取材に基づきフィクションを織り交ぜながら語り直した小林エリカさんの小説『女の子たち風船爆弾をつくる』だったり。先日訪れた熊本・水俣では、水俣病の支援団体が、患者さんたちの体験を聞き取り、冊子にまとめていました。普段はあまり手に取る機会がないけれども、各地に存在するそうした小さな媒体も取り揃えられたらと思っています。

実は私自身ここ数年、各地で対話の場を作りながら、「聞き書き」の活動をしています。例えば大阪・西成の釜ヶ崎で暮らす人や、若い人も含めて対話の場を開き、戦争の体験を聞いて文章にしていて。その過程で改めて感じたのは、一つの事象の背後には一人一人異なるドラマや感情があること。世間的にはどうしてもわかりやすい物語に光が当たりがちですが、当事者であろうとなかろうと、それぞれに悲しかったこと、悶々としたこと、あるいは嬉しかったことがあって、どんなに小さな記憶も重要な歴史の一部だと思うんです。ゆえに自分が本屋を作るなら、聞かれることがなければ消えていってしまうような無数の記憶を、本を通じて未来に残す場にしたいなと。

店の名前は〈応答〉に。さまざまな語り手の声に耳を傾け、保存するという方法で応えていく。“聞くこと”から始まるこの言葉のニュアンスがしっくりきています。

「聞き書き」の担い手が育つ場にも

そしてこの本屋には、本が並ぶだけでなく、実際にそこで対話や聞き取りができる空間も設けたいと思っています。イメージする店構えは、古い民家を改装したような2階建て。1階は本を売る店舗スペースとして開き、2階は、ソファやテーブルを置いて対話の場に。個人的な話題も話しやすい、こぢんまりとした空間が理想です。そしてここでは勉強会やワークショップなども定期的に行うことで、対話の場の担い手が育つ拠点になればいいなとも。人と人とが集まり、互いにコミュニケーションをとれることがリアルな場の価値。単なる本を売る場所ではなく、ここから新しい活動が育まれていくような有機的な本屋になればと思っています。

場自体はアットホームなものを妄想する一方で、出店する場所は東京の都心の一角がいいですね。というのも、大都会こそが、私たちが絶えず忘却しながら生きていることを象徴する場所だと思うからです。渋谷を例に挙げてみても、日々新たなビルの建設が進み、お店はとてつもないスピードで入れ替わっています。刺激的な街の変化は人々をワクワクさせる一方で、風景の喪失を繰り返しているとも言える。それに抗うものこそが、小さな語りに耳を傾け、保存するという行為だと思うんです。大切なことを取りこぼし続けないための、最後の砦のような場になったらいいなと思います。

妄想書店「応答」のイラスト
書店〈応答〉の2階は小規模な多目的スペースに。哲学対話をしたり、聞き書きをしたり、勉強会やワークショップを行ったりする場として活用される。

妄想書店。私が本屋を始めるなら。Vol.1:ミュージシャン・曽我部恵一

妄想書店。私が本屋を始めるなら。Vol.2:映像ディレクター・上出遼平

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