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燃え殻「明けないで夜」:今日は疲れた。いい意味だけど

小説家でエッセイストの燃え殻が綴る夜の周辺。J-WAVEの番組『BEFORE DAWN』と連携して、著者本人の朗読とともにお届けします。

illustration: Tomoko Hara / text: moegara

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今日は疲れた。いい意味だけど

知人のデザイナーの男性が半年前に心を病んでしまい、仕事を休職し、「もう本当に死にたい」という趣旨のメッセージを一通送ってきた。

「とにかく少し休んでください」と僕は返したが、そのあともメッセージは何通も送られてくる。そして内容はどんどん変化していく。次第に、「あなたが羨ましい」という内容になり、一番最近届いたものでは、「お前のことがムカつく」にまで行き着いてしまった。

一見、派手派手しい仕事に僕が就いているので、休職している彼からしたら、眩しく見えてしまったのかもしれない。実際のところ自分の仕事は、ひとりPC画面に向かって、ぶつぶつと言いながら、来る日も来る日もキーボードを打ちつづける仕事で、気づくと誰とも話さず一日が終わることもざらだ。

前職はテレビの裏方だったので、とにかく会議や打ち合わせ、クライアントからの呼び出しなども含めて、いまよりもよっぽど派手派手しくいろいろな人に、日々会っていた。

彼が送ってくる文面だけでも、症状が改善されていないことは明白だったので、僕は一度電話をすることにした。ワンコールで出た彼は電話口で、「ごめん、ごめん」を繰り返す。「一旦お茶でもしませんか?」と僕は伝えた。

数カ月ぶりに外に出たという彼は、無精髭ではあったが、身なりはきちんとしていて、顔色も悪くない。一緒に働いていたときと、さほど変わらない印象だった。

僕に送ったメッセージについて、そのときも彼は一生懸命に謝っていたが、正直僕は気にしていなかった。そんなメッセージの一つや二つでは到底埋まらないほど、僕は彼に迷惑をかけたことが過去にあったからだ。

とある案件で、一緒に仕事をすることになっていたのに、ギリギリになって僕がドタキャンをしてしまったことがあった。そのときの僕は、言葉がうまく出てこないほど、精神的に参ってしまい、一日のほとんどの時間を布団の中で過ごした。しばらく電車に乗ることもできなくなった。

仕事をするなどもってのほかで、貯金額だけがどんどん減っていく。食事もほとんど口にせず、アイスばかりを食べていた。そのときに二日から三日に一度、コンビニの弁当と飲み物を買って、様子を窺いに来てくれたのが彼だった。

結局、半年くらい僕の隠遁生活はつづく。彼はその半年間、二日から三日に一度、当たり前のように食事を届けてくれて、話をひたすら聞いてくれた。言い過ぎではなく、命の恩人だと思っている。

そのときの恩を返すときがやっときた、と僕は思っていた。彼はある時期はとんでもなくハイになり、そうなったあとは、信じられないくらいにローになって、攻撃的なメールを友人知人にやたらめったら送ってしまう。

僕に会ったとき彼は、ポロポロと涙を流しながら、嵐の中に突っ立っているような落ち着かない気持ちと、内臓が、掻きむしりたくなるほどのかゆみに襲われることについて力説してくれた。

僕にも身に覚えがあることばかりだった。「あー、あるある」とか「ああ、その感じ懐かしいです。いまでもときどきあるけど……」などと、僕が合いの手を打っていると、彼は最初泣いていたのにだんだん可笑しくなってきたらしく、両手で顔を覆いながら笑いはじめた。

「気持ち悪いだろ?」と彼が言う。「まー、みんな気持ち悪いですよ」と僕は返す。

渋谷の喫茶室ルノアールで、そんな調子で3時間くらいふたりで話した。店を出ると、そこは夕暮れ間近の渋谷。これから飲みに出かける人の波で、うまく歩けないくらいだった。

「今日は疲れた。いい意味だけど……」と彼が帰り道、僕に言ってくれた。僕は半年間、コンビニ弁当と飲み物を届けてくれたお礼をそのとき、やっと言えた。「いろいろだな」と彼はもう一度笑う。

その夜、彼から一通のメールが届いた。「苦しい」という内容だった。一筋縄でいくことなんて、いままでもこれからもほとんどないだろう。それでもいい。根気よく、傍らに誰かがいてくれれば、その誰かになれたら、人生はもう大丈夫だ。

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