知力化するサッカー。
革新的な戦術のモダンサッカーが席捲するヨーロッパでは、もはや知力がないと選手も指導者も一流にはなれなくなってきた。
ITやAIなど最新テクノロジーを使い、分析結果をチームに落とし込むアナリストの重要性も増している。感覚や経験に頼るアナログ的な部分も多かったサッカー界で、デジタルの比重が増し、インテリジェンスが要求されるよう進化しているのだ。
欧州サッカー事情に詳しい結城康平さんは、その小さなきっかけはジョゼ・モウリーニョ監督の成功だったと言う。
「彼の登場によって、目立った選手キャリアがなくても通訳などのスキルを生かし、指導者として成り上がる動きが生まれました。
最近は大学や大学院でコーチング学や戦術を学び、スポーツ科学を専攻するような、学問としてサッカーに取り組む、頭脳明晰な若い監督が伸びてきています」
クラブの求める人材が様変わりし、元プロ選手でも引退後に大学に入り直すなど、現役時代に培った知見だけでは理論的な部分をカバーできなくなっている。
「ドイツではテクノロジーを駆使して分析する指導者を“ラップトップコーチ”と呼んで揶揄していましたが、彼らがどんどん成功を収めているので、逆に良い意味で彼らを指す言葉として定着してきました。
その代表は、来季ドイツの強豪バイエルン・ミュンヘンの監督に就任するユリアン・ナーゲルスマンです」
20代で指導者の道に入ったナーゲルスマンには、キャリア初期から右腕となるアナリストがいる。
モダンサッカーに不可欠なアナリストは、例えば試合中に映像をリアルタイムで分析(相手のチャンスの形など)し、前半の間に動画をまとめて分析結果を監督に伝達、問題点を改善させる。
彼らはチーム全体のパフォーマンスをアップデートする頭脳となっている。
「その重要性から、データアナリスト部門を設けるトップクラブもあります。データを集める担当と、それを使って分析する担当が別々にいるなど分業体制を取るところも増えてきた。
またAIの活用に興味を持つクラブも増え、サッカーとは全く関係のない分野のAI研究者やアナリストでも優秀であれば引き抜かれたり、クラブ同士で取り合いになったりしています」
データ分析を専門に学んでいなくても、近年は素人の分析ブログやSNSの発信でプロから注目され、果てはクラブからオファーが届くなど夢のような話もある。
「戦術マニアの集まるドイツのブログに、いつしか指導者や元選手が参加するようになり、主宰の指導者ブロガーがトップクラブにスカウトされアナリストになった、という話があります。
ブログにたくさんのコメントがつき、それが多くのコーチと会話を交わすような感覚で、学びのフィードバックに。まさに集合知の場になりました。
また、インドの高校生の分析ブログがスコットランドのクラブ関係者の目に留まり、高校に通いながらリモートで分析担当になった例もあります。深い知識があれば17歳でもプロのアナリストとして採用される。そんな時代です」
選手に求められる
判断力と思考のスピード。
ビッグクラブのように分業制を敷く組織を束ねるには、監督もフィジカルからメンタル、タクティクスまで各分野の知識をある程度持っていなければならない。
クラブ全体をマネジメントし、手持ちのリソースをうまく使い切る監督がモダンサッカーにおいて良い監督とされる。例えばリヴァプールのユルゲン・クロップのように。指導者も知力が問われているのだ。
さらに、選手に要求される能力も変化している。アイデアあふれるマジカルなプレーヤーより、戦術に適応できる柔軟性や運動量を持つ選手や、スペシャリストよりオールラウンダーが好まれる。
「特に求められているのは判断力。相手の守備が素早く強くプレッシャーをかけてくる中で、瞬間的に正確なプレーを選択しなければならないので、思考スピードの速さが必要です。
ある局面でどんなプレーを選択すればうまくいくのか。たくさんの選択肢の中からそれを選べるよう、多くのプレーの引き出しが必須となります」
南米でも個性派より柔軟性のある選手を育成するよう変化している。
日本でもスペインでプレーする久保建英のような、思考スピードが速く、多数の選択肢から正しく判断する「知力」と、「技術や身体能力」を高い次元で統合させた選手の育成が待たれるところだ。