熊野詣道中の安全を守ってくれた伏見の杉
平安時代中期になると、貴族たちの間で、紀州の熊野詣が非常に人気となりました。その行き帰りには、京都にある伏見稲荷大社に立ち寄ることが習わしとなっていて、境内の杉の木の小枝を身に着け「しるしの杉」として道中のお守りにしたそうです。
実際、さまざまな歴史的な文献にも、その記録が残っています。例えば、平家が栄華を誇っていた平治元(1159)年、平清盛が熊野詣への道中で、京から早馬がやってきて、「三条殿に夜討ちがあり御所が焼失してしまった。これは平家を討とうとするものの企みに違いない」という知らせを受け、清盛は急いで京へと戻ります。
そんな緊急事態の中であっても、清盛は伏見稲荷大社に立ち寄り、杉の枝を折って鎧(よろい)の袖に差して帰った、という逸話が『平治物語』に記録されています。