「還暦の年に、何か挑戦できたら」と劇作家・演出家の岩松了さんの誘いを受け、光石研さんは5年ぶりに舞台『いのち知らず』に出演する。400本以上の映像作品に出演しているが舞台は8本目。
「僕にとって、映像と舞台はまるっきり違います。映像の仕事では、お客さんに観ていただいているという意識のないまま演じているんですね。現場のスタッフさんたちがOKを出してくだされば、そこで僕のパートはほぼ完結します。でも、舞台はお客さんが目の前にいらっしゃいますからね」
もう一つ、大きな違いは反復すること。
「僕は、素人上がりの雑草育ちというか(笑)、演技の勉強をせずに、ひたすら現場でやってきたので、同じアベレージで芝居をするというのが苦手。どうしても波がある、それがコンプレックスなんです。舞台は繰り返し同じことを演じますから、鍛錬の場のような気持ちでいます」
映画やドラマで変幻自在な光石さんだが、それは自分の力ではないと謙遜する。
「僕がただ立っているだけでも、衣装やメイク、照明やカメラの切り取り方で、陰のある男に見えたりするんです。各分野のエキスパートの方々がそういうふうに作ってくださる。(完成作を観て)へえ、こんなふうに見えるんだ!と感心したり(笑)」
もちろん役について想像はする。ただ、用意した演技プランが監督の意図と違えば混乱してしまうから、どの役も「漂わせておいた方がいい」と考えている。スタッフと声をかけ合いながら働く現場が大好き。16歳で飛び込んだ映画『博多っ子純情』の撮影で「こんな楽しい世界があるのか」と興奮した。その高揚がいまもあるから、俳優を続けている。そこには、仕事仲間への厚い信頼、ポンと自分を差し出し相手に委ねる懐の深さも関係しているように思う。近年の『光石研の東京古着日和』もそう。
「僕の体を使って、若い人たちに自由に遊んでもらっていい、というような感覚なんですよね。それが楽しいし刺激的です」
世代の垣根のないフラットさ。若い監督や俳優、スタッフに慕われるのも当然だ。
「一人っ子というのが大きい気がします。年長と崇め立てられたくないんです。そう言いつつ、“還暦だ、還暦だ”と自分から話して、みんなに手厚くしてもらおうとしている節もあるんですけどね(笑)」