朝めし あるべ
早朝から三崎を楽しむなら、朝ごはんは欠かせない。三崎漁港から目と鼻の先にある〈朝めし あるべ〉に行けば、魚を使った朝定食が6時から食べられる。ほかほかの炊きたてごはんに、脂の乗ったアジやサバなどの魚料理、三浦野菜をたっぷり使った日替わりの小鉢に汁物。三崎の海の幸と山の幸をいっぺんに味わえる定食だ。
小鉢の“だし”には三崎では定番の野菜、コリンキー入り。生でも食べられるかぼちゃの一種で、ポリポリとした食感とほのかな甘味が特徴だ。“あるべ米”と呼んでいる噛みごたえのあるごはんは、千葉の農家から取り寄せた五分づき米と白米を混ぜて炊いているという。魚料理のいちばん人気は、なかなかお目にかかれない「まぐろのホホのひもの」。噛むとジュッと旨味が溢れ出し、ごはんが進む。
カウンターで腕をふるうのは、三崎生まれ三崎育ちの店主、菊地未来さん。昔から地元を盛り上げたかった菊地さんは、自分に何かできることはないか考え、人を呼ぶために空き家を使った宿泊施設を増やそうと考えた。大学院まで建築を学び、修了後は鎌倉のゲストハウスで2年間修業。横須賀市役所で設計の仕事を担当したのち、三浦市のトライアルステイ事業の交流会に参加したことで、「移住支援」という新たな目標に出合った。
市役所を辞め、1960年代に建てられた簡易船員宿を借り、1カ月のお試し移住を始めた。1階の台所は飲食を始める人のためのトライアルキッチンとしても貸し出した。予約の入らない早朝に朝ごはんを出してみようと思い立つ。
「せっかく三崎に泊まっても、素泊まりだと朝食を食べる場所がない。だからちょうどいいと思ったんです。自分が生まれ育ってずっと食べてきた地元の家庭料理にしようと思って、干物やマグロ、新鮮な野菜をたっぷり使った定食を作ることにしました。実は三浦は江戸時代から農業が盛んな土地なんですよ。海風による自然のミネラルが土壌を育てるのか、畑は年中動いているんです」
生まれ育った街を活気づけるべく、活動を続ける菊地さん。まもなくシェアハウスもオープンする予定だという。
「三崎は半島の先っちょということもあって、各地からいろんな人が集まってくるんですよね。港町だから昔から人の出入りも多いし、人間関係はさっぱりしていて、適度な距離感があると思います。自由度も高いし、何か新しいことを始めるにはぴったりな場所だと思います。新しく三崎にやってくる人たちを応援しています」
3204bread&gelato
海辺で食べるデザートはまた格別。花暮岸壁沿いにあるジェラートショップで、トロピカルミックスとミックスベリーのジェラートをダブルで注文し、カンカン照りのなかで食べるのも良し。
ひとすくい食べれば、果物の甘みがじゅわっと広がる。ここ〈3204bread&gelato〉は、ミシュランガイドのビブグルマンに選ばれたこともある鎌倉のビストロ〈OSHINO〉と、三崎口駅近くに店を構える三浦半島を代表するパン屋〈充麦〉がタッグを組んだ人気店だ。常時ミルクやココナッツ、アールグレイ、白桃スパイスなど約12種類のジェラートを揃えており、どのフレーバーも素材の味ががつんと感じられる濃厚さ。
なかでもイチオシは〈充麦〉のデニッシュにピスタチオのジェラートをサンドしたデニッシュ コン ジェラート。ピスタチオのコクに、デニッシュの小麦の風味と、練り込まれたオレンジピールが絶妙に合う。さっくり焼き上げたデニッシュはオーダー時に温めてくれるので、アツアツとひんやりの組み合わせも楽しい。とろけるジェラートをすくいながら食べよう。
たべごとや みなと
港近くの路地裏を覗くと、古びた一軒家に〈たべごとや みなと〉のネオンサイン。暖簾をくぐると一見小料理屋のようだが、ショーケースには多国籍なおばんざいがズラリと並んでいる。ここは姉の柴崎朱里さんと妹の岩崎楓さんが営むアジア料理店。三浦の食材を使った、オリジナルのアジア料理が食べられる。
ふたりは横浜出身。三崎との縁ができたのは、祖母が三崎の老人ホームに入ったのを機に、母が近所に移住したことだった。
「私もしょっちゅう通うようになって、すごくいいところだなあと。それで〈朝めし あるべ〉さんのトライアルキッチンを使って間借りの料理屋を始めたら、『お店を始めちゃえば』と背中を押してくれて、この物件を紹介してくれたんです」
そう話す朱里さんは、いつか自分で店を持ちたいと考えていた。姉妹それぞれアジア系のレストランのキッチンで働いていたこともあり、一緒にアジアテイストの店を開くことにした。10年間にわたり空き家だった店舗を〈朝めし あるべ〉のオーナーで創業支援などの活動も行っている『misaki stayle』に改装してもらい、店内の家具や装飾は都立大学にある〈TOKYO DANCE.〉にセレクトしてもらった。2022年に店舗をオープン。ベースにしているのは日本の家庭料理だという。
「アジアと日本の家庭料理をかけ合わせたら面白いんじゃないかと思ったんです。三崎って下町で、おじいちゃんやおばあちゃんが多いので、完全にアジアに振ってしまうと入りにくいかなというのもあって、和に寄せて、地元の人に愛される感じにしたいなあって。使っている野菜はほとんど三浦のものです。安くて豊富だし、今は夏野菜がとってもおいしいんですよ」
トウモコロシのソムタムも、茗荷とトマトの肉豆腐も、どの料理も、直売所や知り合いの農家から仕入れた地の野菜をふんだんに使っている。アジア料理の素材になることで、三浦野菜のひと味違う魅力が引き出されている。
移住から1年が過ぎたが、食を通じて横の繋がりが生まれた。三崎の街を盛り上げようとご近所の飲食店やアタシ社のミネさんと共に夜のイベントを計画したり、三浦や湘南エリアの美味しい野菜の魅力を伝えるクラブ活動「seaside vegetable club」もこっそり動いている。海には魚、山には野菜が溢れる、恵みの街。新たな食の担い手が増えた今、三崎はこれからもおいしくなり続ける。