2023年1月、夜間のルーヴル美術館に、全身にペイントを施し4本の金属の矢を背や胸などに突き刺した姿でマイルス・グリーンバーグは現れた。5時間半にわたったパフォーマンス作品《ÉTUDE POUR SÉBASTIEN》だ。実はこの少し前、グリーンバーグの熱い願いを受けた坂本龍一は本作のために新たに曲を作る予定だったという。
しかし、それは坂本が亡くなる数カ月前のこと。病状の悪化により制作は困難となり、代わりに「DNA」(映画『トニー滝谷』サウンドトラック収録)を提供することになった。グリーンバーグはなぜ坂本に楽曲制作を依頼したのか。彼にとって坂本龍一はどのような存在だったのか。

彼のスコアは堅苦しくフィックスされたものではなく、とても自由なのです
──坂本龍一を知ったきっかけは?
マイルス・グリーンバーグ
坂本さんの作品は私にとってあまりにも常に身近にあるものなので、始まりや終わりという感覚がないんです。彼の存在は、ずっとそこにあったように感じます。たぶん、インターネットで偶然見つけたのが最初だったと思います。
──あなたにとって坂本龍一とはどのような存在ですか?
マイルス
正直に言うと、坂本さんのすべてのディスコグラフィーには、彼が音楽を手がけた映画を一本も見たことがない頃から親しんでいました。彼の音楽をそれぞれ独立した作品として知っていたんです。だから、自分が愛してやまなかった曲の多くが、実は映画のスコアであることに気づいていませんでした。
映画と深く結びついた坂本さんというアーティストをそのように知るのは少し変わったアプローチかもしれませんが、振り返ってみると、彼が生み出した世界はものすごく完璧で、細部があって、本来は映像を支えるために作られた作品だとしても、自立して存在していると思う。そのことに、いつも感銘を受けていました。
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──坂本さんとの印象的な思い出は?
マイルス
彼が亡くなる数カ月前、私の作品《ÉTUDE POUR SÉBASTIEN》で、彼の曲を使用する機会を得ました。その曲は『トニー滝谷』(2004年、市川準監督、坂本龍一音楽)のサウンドトラックの一曲、「DNA」です。
2023年初頭にルーヴル美術館(のコミッションとして制作されたパフォーマンス作品)でパフォーマンスを行ったのですが、その際、あえて公演の1週間後までは映画を観ないと決めていました。この曲に対する私自身の解釈や感覚を大切にしたかったからです。それほど自分にとって特別な曲でした。そしてそれこそが、坂本さんの音楽が持つ魔法だと思います。彼のスコアは堅苦しくフィックスされたものではなく、とても自由なのです。
──最も影響を受けた坂本さんの作品は?また、それはあなたにどのような影響を与えましたか?
マイルス
毎年のように、強く惹かれる(取り憑かれたように没頭する)一曲があって、スタジオや電車の中で繰り返し聴いてきました。2017年は「in the red」だった。2018年は「fullmoon」(『async』収録)、2019年は「Opus」、2020年は「Bolerish」、2021年は「Diabaram」(『Beauty』に収録)、2022年は「ZURE」(『async』収録)、2023年は「Minamata Piano Theme」(映画『MINAMATA-ミナマタ-』のサントラ)、そして2024年は今のところ「A Flower Is Not A Flower」です。
そして、このサイクルはきっと、ずっと続くでしょう。坂本さんが残してくれた音楽は、今までもこれからも、私の人生を通して新たな発見をもたらしてくれると確信しています。
──坂本さんの残した作品(レガシー)を後世の人にどう向き合ってほしい、体験してほしいと思いますか?
マイルス
聴く、ということ。耳を傾けて。