「一本道を越えたら、少しずつビルが低くなってだんだんと潮の香りがし、向こうに海があるっていうことがわかる。都市から海に向かっていくルートを歩くのが好きなんです」
今回マイクさんから提案されたのは、京橋から八丁堀を抜け、橋を渡って隅田川を回り、築地に戻ってくるコースだ。普段から歩くことが好きなマイクさんだが、純粋に散歩をするだけの時間はなかなかとれない。
だから打ち合わせの際、少しでも時間がある時は目的地までルートを決めずに歩く。すると、時折「都市のごほうび」に出会える。
「大都市の中にいると窮屈に感じてしまって、いつもどこか自然な場所にエスケープしたいって思ってた。前にNYに住んでいた頃、エンパイア・ステート・ビルに初めて入った時にとても美しい石が張ってあって。あれはマーブルなのかな。
ビルの中にいるのに“自然”の中にいるような感じがした。その時、本当の自然は人間が作ったものの中にあるんだって思ったんです。自然を意識して歩くようになったら、町にいるのが楽しくなりました」
都市のごほうびに出会う、1つ目のルールは“自然を見つけること”。にょきにょきと隙間なく生えるビルは渓谷、レンガやタイル、ブロックは鉱物や岩のようで、ダクトやケーブルは変わった形の木、くねくね曲がった道路は流れる川のようだとマイクさん。
「もともと川だった場所の上に道路を造っているところも多いんだよね。そういうところは自転車に乗るとよくわかる。カーブを曲がっていく時の気持ちよさが、まるでカヌーに乗っている時と似た感覚なんです。自転車に乗っていない時には、できるだけ速足で歩くとちょっと同じ気分が味わえます(笑)」
人工物を自然に見立てるという視点を一度手に入れてしまうと、ビルに囲まれた場所を歩いていても、なんだか気分がわくわくしてくるではないか。
大きなビルが立ち並ぶ京橋付近から八丁堀まで来ると、だんだんと人が少なくなってきてビルもサイズダウンし、住宅が増え始める。マイクさんは素早い足取りを少しゆるめ、周囲の家や工場に目を配りながら歩く。しばらくすると、かなり古い木造住宅に出くわした。
「この家を見つけた時は、ごほうびだ!って思った。家の中はどうなっているのかな、2階はどういう造りなのかな、軒先に並べてある大きな瓶は雨水を溜めて植物にやるのかな。いろんな疑問が湧いてくるよね」と家の前で立ち話をしていると、家主の方が出てきて話を聞かせてくれた。
ここは〈籠平〉という籠屋さんで、中央区では最も古い木造住宅の一つ。手前は狭いが奥は10間(約18m)ある。現在は料亭などで使う籠を全国の職人たちから仕入れて販売しているが、昔は10人以上の若い籠職人たちが道路で籠を編んでいた。
「中には蔵があって、そこで毎日寝泊まりしてる。この家は土台がないんですよ。石があってね。そこに乗っかってるだけなんだけど、ガタガタ揺れたりしないんだよ。昔はこういう家がいっぱいあったんだけど、みんなビルになっちゃった。川は変わってないけど、周りは全部変わっちゃったね」と家主の方。
「東京では、職人が作業をする場所と暮らす場所が同じなのが面白いね。新しいビルばかりかと思いきや、突然こんなに古い建物に出会う、それが東京だよね」とマイクさん。
人の手が加わっている場所、歴史が積み重ねられた場所も「ごほうび」の一つなのだ。
ノイズも含めて観察する、
まろやかな情報が学びになる。
風が強く冷たくなってきたと思ったら、大きな橋が見えてきた、中央区から隅田川に架かる南高橋だ。江戸の経済を支える水運の中心地として栄えた場所である。
マイクさんは、こうした巨大な構造物を眺めるのも大好きだ。そういえば〈ポスタルコ〉にも橋梁設計からヒントを得たブリッジバッグという製品がある。町で遭遇する自然物や人工物、すべてがアイデアソースとなる。
「エンジニアリングのすごさって普段は忘れちゃってる。普通に道路を歩けることや、地下鉄に乗れること、川を渡れることって改めて考えると、本当にすごい。だから、昔の人たちがどうやってこうした巨大な構造物を造ったのかを考えるのはすごく面白い」
橋を越えてさらに隅田川沿いを歩くと、子供たちの遊ぶ声が聞こえてくる。一気に生活感が増す。佃島だ。中央の道は神輿を通すためか、ほかの道に比べてかなり広い。マイクさんは歩きながら、散歩で出くわすさまざまな情報との出会い方について教えてくれた。
「町を歩いていると、何かの情報を得る時に余計なノイズがついてくる。お醤油の匂いがしてきたら佃煮屋があって、その横に怪しい路地があるような。あと、歩いている人にもよく話しかけちゃうんだけど、人の話も同じ。
読書やネットでは得難いまろやかなインフォメーションが得られるのが町歩きの醍醐味。AからBってステップアップしていくような、学校の授業とは全然違う。散歩の後に今日はいっぱい習った!と思うとすごくうれしい」
佃大橋を渡り少し歩くと、もうそこは築地だ。いつもとは違う視点で、“都市の自然”を感じながら、海への道を辿る。かつて水運が栄えていた時代を想像し、スピードを加速しながら舟の気持ちになって歩いてみる。人の手が加えられたものから歴史を遡り、数百年前の風景や都市の生活を想像する。
“ごほうび”に満ちあふれた東京が体感できるはずだ。
京橋界隈の散歩で出会った
“ごほうび”たち。
写真:マイク・エーブルソン