映画とは、現実の世界に基づいて“嘘の世界”を作るようなもの
ミゲル・ゴメスの新作にして、昨年のカンヌ国際映画祭で見事監督賞を受賞した映画が、この秋公開となる『グランドツアー』だ。ここでの「グランドツアー」とは、狭義のもので、20世紀初頭に欧米人の間で流行した、東南~東アジアへの長旅を意味する。
映画は、1918年に大英帝国の公務員エドワードが、ビルマのラングーンへ向かうところから始まる。かの地で母国に残した婚約者モリーを出迎え、結婚することになっているのだ。
ところが、エドワードは何を思ったのか、モリーの到着直前にラングーンからシンガポール行きの船に飛び乗ってしまう。そこから2人の追いつ追われつの旅が始まる。
その旅を、前半はエドワード、後半はモリーの視点での2部構成にし、さらに現代のアジアを実際に旅しその風景を切り取ったドキュメンタリーパートと、スタジオで撮影したフィクションパートを混在させて描いている。
ゴメスは、日本で公開された『熱波』等、これまでも2部形式にこだわってきたが、その理由を尋ねた。
「作る時は、例えば2部形式にしようとか意図的にやっているわけではないんです。ただ、観ている人にとって、途中でコンテクストが変わるのは、映画を観る体験としては、面白いものになるのではないかと思って」
この映画は、サマセット・モームの『パーラーの紳士』という旅行記の中のちょっとしたエピソードを膨らませたものとなっている。
「私がやりたかったのは、まさに旅行記のような映画を作るということでした。実際に世界を発見するための旅に出かけ、その旅を記録したものであり、一方で旅行記でもあるということを同時に実現した映画にしたいと思ったんです。だから、この映画には3つのグランドツアーがあります。一つはエドワード、それからモリー、そして私たちスタッフのグランドツアーです」

まず最初に撮られたのは、「スタッフのグランドツアー」だった。
「原作のエピソードに合わせ、最初に我々スタッフが、主人公たちと同じ道のりを辿る旅を行ったわけですけど、そこで撮った映像を基にして脚本を書いていったわけです。例えば、このシーンはバンコクで撮ったあの一連の映像の次に来るものにしようとか。もちろん、最初の段階での構成のアイデアもあったわけですから、そこからは鶏と卵というか、どちらが先とは言いづらい部分もありますね」
そして、出来上がった脚本に従って、スタジオでフィクションパートが撮影された。
「昔は、ハリウッド映画のように、すごく様式化されているのと同時に嘘くさいセットを作って、その中で撮るということがしょっちゅう行われていたわけですけど、私がやりたかったのはまさにそれです。映画とは、現実の世界に基づいて嘘の世界を作るようなものだと思うんです。要するに、『グランドツアー』は、映画が作った偽の世界を、みなさんにお見せしているということなんです」
思えば、この映画の主人公は2人とも英国人の設定なのに、どちらもポルトガル人の俳優が演じているどころか、2人の台詞(せりふ)もポルトガル語で書かれている。
「プロデューサーたちが言うんですよ、主人公が英国人だったら、英国人か米国人の有名な俳優さんを使ったらどうかと。でも、私はモリーと同じでちょっと頑固なところがあって、いや、英国人はポルトガル人が演じるんだと決めたわけです。それと同時に、英国人がアジア各国を旅をする話ですから、現地のいろんな言語が出てくるんですけど、英語だけは入れていません。
そのうちのいくつかは字幕もなくて、何を言っているかもわからない。でも、そうすると、こうした異国に旅に出かけ、周りで何が起こっているのか、何を言っているのか全くわからない状況を追体験することができるんです。この映画の中の旅を、観るというより、ぜひ体験してほしいと思います」
ミゲル・ゴメスの6作目の長編映画。主人公エドワードをゴンサロ・ワディントン、モリーをクリスティーナ・アルファイアテが演じる。撮影監督の一人は、アピチャッポン・ウィーラセタクンやルカ・グァダニーノの作品で知られるサヨムプー・ムックディプローム。10月10日、全国公開。