Visit

仲野太賀、上出遼平、阿部裕介が始めた私的な旅プロジェクト。その途中報告第一弾の書籍が発売に

前代未聞の旅本『Midnight Pizza Club 1st BLAZE Langtang Valley』が12月12日に発売された。仲野太賀(俳優)×上出遼平(TVディレクター)×阿部裕介(写真家)3人による“答え合わせ”ではない、世にも自由な旅が生まれた裏側を聞いてみた。

photo: Yusuke Abe / text: Yuriko Kobayashi

深夜のニューヨークで始まった、
世にも自由な旅プロジェクト

『Midnight Pizza Club 1st BLAZE Langtang Valley』は“世界で最も美しい谷のひとつ”と呼ばれるネパール・ヒマラヤ地域のランタン谷を3人で歩いたドキュメント。最高標高4773mという過酷な旅だが、凸凹トリオの珍道中はいたって自由! その旅のスタイルは今の時代には新鮮で、嫉妬に近い羨望を覚えるほど……。いったいどうやってこんな旅が始まったのか?

仲野大賀

全ての始まりは2023年の12月。真冬のニューヨークで初めて3人が顔を合わせたことでした。僕と阿部さん、阿部さんと上出さんはそれぞれ面識があったのですが、3人が集まるのはそれが最初で……。

阿部裕介

ちょうど僕がニューヨークで仕事があって、じゃあ現地に住んでる上出さんのところに行こうかなって、そのタイミングで「太賀くんも、来ない?」って誘って。

仲野

でもドラマの撮影中だし、さすがに無理ですって言ってたんだけど、「あれ、3日間くらいだったら行けるかも……」ってなって。それでサプライズでいきなり上出さんのアパートを訪ねたんです。

上出遼平

本当にびっくりして、全員テンションが上がりまくって。

仲野

3日3晩、遊び回りましたよね(笑)。

上出

でも、なぜ3人で旅しようってことになったのかは、俺は覚えてない……。

仲野

僕もっすね、ベロベロに酔ってて記憶ないですね……(笑)。お酒飲まない阿部さんだけが覚えてる。

阿部

上出さんと太賀くんはは前に上出さんのYoutube企画で一緒にアラスカを歩く旅をしているから、じゃあ今度は3人でどこか行こうよって話になって。10年くらい前から太賀くんといつかネパールに一緒に行きたいねって話をずっとしていたから、じゃあそれだ!ってことになったの。

上出

そうみたいです(笑)。深夜に飲みつつ、ピザを食べながら決まった旅だったから、「Midnight Pizza Club」って名付けたってことは覚えてる。

上出

阿部さんは度々ネパールを旅して写真を撮影していて、今回歩いたランタン谷は特に思い入れの深い場所だってことは聞いていたんです。

阿部

2015年にネパールで大地震があった時、僕はたまたま現地にいたんです。ランタン谷は地震による大雪崩で村が丸ごと流されて、消滅してしまった。自分にできることはないかと思って、地震の後すぐに現場に入って、ボランティアとして活動したという経緯があって。

仲野

僕たちが旅した時は新しい村ができていたんですけど、阿部さんから当時のことや復興の過程を聞いたりしながら歩いたのは、印象に残ってるな。

上出

阿部さんのおかげで定点観測的な目線で旅ができたのは、すごくよかったよね。地震を生き延びて、また村で生活を始めた人のお話を聞いたり、行く先々でストーリーに出会えたのは、阿部さんが一緒だったからこそだと思います。

目的を決めないからこそ、
面白い旅ができる

3人の旅の根底には「目的なんて後付けでいい」という考えがある。実際、出発時には本の出版も考えていなかったそう。“目的を定めない”というスタイルは、どうやって生まれたのだろう?

Midnight Pizza Club

仲野

ともと完全プライベートな旅ということで始まったことは大きいですが、そもそもこの3人だとプラン通りの旅とか、真面目な旅ってできないですからね(笑)

阿部

僕は、せっかく行くなら何か形にしたいと思う部分もうっすらあったんですけど、上出さんが「阿部ちゃんが好きなものを撮りなよ」って言ってくれたことはよく覚えてるんです。雑誌とか仕事で行く旅ではどうしてもテーマが設定されていて、ここでどんな風景を撮らなくちゃいけないとかあるんですけど、そういうのを無しにして自由に撮影できるっていうのは、本当に写真の原点だなと思って……。そういう旅ができることが嬉しかったですね。

上出

僕としては、無理なゴールを最初に設定して、そこに向かって限界を越え続けて、でも結局辿りつかない……っていうのが経験上一番楽しい旅のスタイルなんです。登山でも10回中8回は目的地に辿り着けなくて、意図せぬキャンプ場に泊まることになったり。そういうのが絶対面白いっていうのが実感としてあるので、今回のランタン谷もその延長線上にあるっていう感覚でしたね。

仲野

実際、すごい面白い旅になって、それで本にしようかって話にまでなったんですよね。自分たちが最高に面白いと思える旅をしたら、そこから新しい目的が生まれてくるのかもしれない。

上出

そうそう。「また旅に行きたいから、本を出してどんどん稼ぎましょう!」って太賀くんが言い出して(笑)

仲野

言うな、言うな!(笑)

Midnight Pizza Club

阿部

そういういいサイクルが生まれて旅が続いていくのは、すごくいいと思うんですよね。実はもう2回目の旅も終えていて、それも続編として出版する予定なんです。次はアメリカ最古のロングトレイルであるアパラチアン・トレイルです。

仲野

これがまたすごい旅で! ほとんど下調べせずに行ったら、悲惨な目にあいましたよ……。

上出

まさかの雪で、全日程雪と格闘しながら歩いたよね。

阿部

雪の下に川が流れてて、何回もズボッ!って落ちて、全身ずぶ濡れ(笑)。

仲野

阿部さんは寒さで指先の感覚がなくなって、「指がない! 指がない!」って、叫んでて(笑)。それはぜひ次の本でお楽しみください。

思い描いた旅ができない時
そこにドラマが生まれる。

年明けには3度目の旅となるニュージーランドのロングトレイルを予定している3人。本の出版で注目を集めたことで、旅のスタイルが変化してしまう可能性はなきにしもあらず……なのでは?

阿部

う〜ん、それはどうなんだろう……? 僕はちょっと影響されそうな気もするから、あえてフィルムカメラで撮影するとか、商業的にならない良い方法を考えたいなと思っています。

上出

目的を定めないというスタイルを無くしたら、旅はきっと面白くなるなると思うので、とにかくまずは自分たちが面白がるということを変わらず最優先したいですね。そうすればアウトプットも必然的に楽しいものになるので。

仲野

思い描いていたものと全く違う旅になるって、仕事は絶対あり得ない。でもこの3人の旅は、約束の日に帰国さえすれば、どんなことしたっていい。僕にとってはそれが最高に自由で、面白いんですよね。

阿部

「どんなことしたっていい」って、すごいワードじゃないですか(笑)

仲野

僕はワーカホリックな部分もあって、常に前進していくことが大切だし、そこにこそドラマがあるとずっと思ってきたんです。でも3人での旅を通して、寄り道したり、立ち止まったり、身動きが取れなくなったり、思い通りにいかない状況にたくさん直面して。

上出

そこにこそ、ドラマがあるんですよね。

仲野

そういう寄り道がどんどん人生を豊かにしてくれるっていう実感が今はあって、それが旅の醍醐味なんだって教えてもらったなと感じています。だからこれからも、どんどん道を外れていきたいですね。

上出

僕は正直、アパラチアン・トレイルで太賀くんは山を嫌いになっちゃうだろうなって心配していたんです。かなり過酷だったから。でも帰国したら山道具を買い漁っていて、あ〜、良かった……って。

仲野

自分で重い荷物を背負って、これ以上苦しいことはないだろうって、歩いている最中は思ってるんですけどね(笑)。でもそれ以上に、すごい自由を手に入れた感覚があって、そこに心を奪われちゃってるんでしょうね。東京で普通に生きていると、道の上しか歩かないけど、山では道なき道を歩くことで、それがちゃんと「道」になっていく。その感じがたまらなくて、やめられないんです。

Midnight Pizza Club

阿部

あとはやっぱりこの3人っていうのが大きいと思う。

仲野

アホな中野と天然の阿部さんと、その間で終始「とほほ……」顔をしている上出さんっていう構図(笑)。読む人にも、この3人の珍道中を楽しんでもらえたら、嬉しいですね。