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「名車探偵」映画・ドラマに出てくるクルマの話:フェラーリ275GTB

車好きライター、辛島いづみによる名車案内の第40回。前回の「フィアット・パンダ(初代)」も読む。

text & illustration: Izumi Karashima

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人間の欲望と狂気を描く史上最高のクルマ映画

パリ五輪のマラソン中継を観ながらワタシはふとある映画を思い出していた。

明け方のパリ。一台のクルマが猛スピードでフォッシュ大通りを駆け抜けていく。日曜の早朝ゆえ交通量はまばらだ。それをいいことにクルマはどんどんスピードを上げていく。凱旋門、コンコルド広場、ルーヴル美術館、オペラ座、サントトリニテ教会、ピガール広場などを通過、通行人をかわし、ハトを蹴散らしながら道幅の狭いモンマルトルの坂道へ。

頂上のサクレ・クール寺院に到着するとクルマはようやくストップ。運転手の男がクルマを降り、待っていた女を抱きしめる。

クロード・ルルーシュ監督の『ランデヴー』(1976年)は史上最高のクルマ映画である。早朝のパリの街をノンストップで爆走する約9分の短編で、カットも特殊効果もなく、クルマのバンパーに取り付けたカメラで一発撮りしただけの主観映像だ。どんなクルマなのか、誰が運転しているかもわからず、セリフもない。わかるのは、十数ヵ所の赤信号を無視していること、そして、唯一のBGMがフェラーリV12エンジンの音であること。

撮影は無許可で行われ、交通規則も無視しているため、映画が公開されるや否やルルーシュは警察に呼び出され、上映禁止に。以降、アンダーグラウンドで公開され、海賊版のビデオが出回るなど、クルマ好きの間で語り継がれる「名画」となった。

しかも長い間、ルルーシュは公には何も語らなかったので、実はF1レーサーが運転していたとか、フェラーリ275GTBを走らせたものだとか、いろんな噂が飛び交った。

それから30年後の2006年。ルルーシュは自動車雑誌の取材に応え当時の撮影を振り返り、メルセデス・ベンツ450SELのバンパーにカメラを取り付けて走ったこと(いわく「メルセデスはパリの石畳の道を高速で走るのに適していたから」)、運転していたのは自分自身だったこと、フォッシュ大通りの直線では時速200kmに達したこと、フェラーリの音は撮影後にサーキットで録音したものだったことなどを告白。そして最後にこう語った。

「あれは人間の欲望と狂気の瞬間を捉えたもので、私の人生の象徴。誇りに思うと同時に最も恥ずかしい映画でもあるんだ」

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