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「名車探偵」映画・ドラマに出てくるクルマの話:シトロエン・2CV

車好きライター、辛島いづみによる名車案内の第29回。前回の「ダットサン17型セダン」も読む。

text & illustration: Izumi Karashima

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成金趣味と俗物性を排した文明批判のクルマ

宮﨑駿が運転免許を自主返納した。80歳を越えても毎日元気に運転していたそうだが、家族と鈴木敏夫プロデューサーが説得、観念したという。

彼の愛車はシトロエン2CV。『ルパン三世 カリオストロの城』(1979年)でヒロインのクラリスが悪党一味から逃げるときに運転する、あのクルマだ。

「一九六七年、ぼくは二十六才ではじめての2CVを手に入れた。一九五四年式の、おそらくタクシーあがりの老兵だった」(宮﨑駿『駆けろ2馬力風より疾く』より)。

1960年代半ば。東映動画のアニメーターだった宮﨑は、“軽薄なマイカーブーム”がイヤでクルマなんて絶対に持つまいと思っていたが、「生まれてくる子の保育園の送り迎えのため」に免許を取得、「どうせ乗らにゃならんなら変なやつ、映画『恋人たち』に出ていたあのブリキみたいのは?」と、アニメーターの先輩で“エンスー”の大塚康生に相談すると、「シトロエンだよ」と教えられたという。

『恋人たち』(58年)は、『死刑台のエレベーター』(57年)で長編映画デビューを果たしたルイ・マルの2作目。ジャンヌ・モロー演じる社長夫人が2CVで旅をする青年と出会って恋に落ち、貴族的な生活も、ジャガーが愛車のボーイフレンドも、かわいい娘もすべて捨て、青年と一緒に2CVで家を出ていく、そんな話だ。ジャンヌ・モローの官能的なラブシーンが話題になったが、宮﨑の心を捉えたのは「妙な、貧乏臭い」2CV。「成金趣味と俗物性を排した見事なまでの簡素さ」に惹かれたという。

彼が手に入れた2CVは「考えられる限りのポンコツ」だった。雨漏りは当たり前、走行中にドアや天井が開き、冬はエンジンがかからず、横Gがかかると死ぬほど傾き、非力なので坂道が登れず、リアがまったく見えないのでバックするときは死ぬ思いで、ガソリンタンクには穴が開く。それでも「五感のすべてを覚醒する」2CVに夢中になった。「この車そのものが文明批判だ!」と。以後、代替わりをしながら乗り続け──途中、手に負えなくなって手放し、シトロエンGSなどに乗り換えたこともあるが、結局2CVが忘れられず──計5台乗ったという。

宮﨑駿の2CVはジブリパークに展示される予定だ。

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