あの男に受け継がれた伝説の魔改造車
なんじゃこりゃあ!と言ったかどうかは知らないけれど。相当ビックリしたと思う。持ち主不明のコンテナ倉庫を中身を見ずに100ドルで購入、ドアを開ければうずたかい毛布の山で、こりゃ一体なんだと掘ってみればロータス・エスプリが寝てるんだもの。発見者はロングアイランドに住む夫婦。1989年のことだった。
しかもこのエスプリ、『007/私を愛したスパイ』(1977年)に登場するボンドカーで、実際に使用された劇用車。映画では、桟橋から海に飛び込み、ミサイルランチャーに煙幕や魚雷などを装備する潜水艦にトランスフォームするのだが、その水中シーン用に改造したものだった。
エスプリはジョルジェット・ジウジアーロがデザインしたスポーツカー。1976年に販売を開始。当時ロータスのPR担当は007の撮影が行われているイギリスのパインウッド・スタジオにわざと駐車してプロモーションしたそうで、めでたく007プロデューサーの目に留まったという。映画では複数台が使用され(サルデーニャ島でのシーンで登場。ヘリに追われながら島のワインディングロードを疾走するシーンがある)、そのうちの1台を潜水艇に魔改造。バラストタンクやプロペラ、防水バッテリー、フィンなどを装備。撮影では元米海軍特殊部隊員が運転したという。
時は流れて2013年。この魔改造車がRMサザビーズに登場した。タイヤがないので陸は走れないが、「“水中で完全に機能する”007ロータス・エスプリ・サブマリンカー」として968,000ドルで落札されたのである。さて、一体誰が買ったのか。ジウジアーロと007が大好きなイーロン・マスクだった。そして2019年。マスクは、このクルマを元ネタにしたテスラ・サイバートラックを発表。火星でも走れる耐久性をアピールしようと「窓ガラスに鉄球を投げつけたら割れてしまった事件」が起こったが、あれから改良を重ね、今年中に納車が開始される予定、らしい。
そういえば、2018年にマスクが宇宙に放ったテスラ・ロードスターはいまもまだ火星軌道を走っており、運転手の“スターマン”はデヴィッド・ボウイの「スペース・オディティ」と「ライフ・オン・マーズ」を繰り返し聴き続けている。