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映画『ミーツ・ザ・ワールド』は松居大悟の新境地か?尾崎世界観と考える

10年以上の親交を持つ松居大悟とクリープハイプの尾崎世界観。松居が監督し、クリープハイプが音楽を担当した映画『ミーツ・ザ・ワールド』で、松居はどんな変化を見せたのか?

photo: Jun Nakagawa / text: Yusuke Monma / edit: Emi Fukushima

──本作で初めてクリープハイプは実写映画の音楽を担当しています。クリープハイプに音楽を依頼したのは、どういった理由からですか?

松居大悟

アイデアはプロデューサーの深瀬(和美)さんから出てきたんです。でもミュージックビデオを撮ったり、クリープの曲をもとに映画を作ったりと、これまですごく近い関係だったからこそ、彼らと関係なく進めていた作品の音楽を頼むのが恥ずかしくて。それで深瀬さんからオファーしていただいたんですよね。

ところが尾崎くんからは、「依頼があったよ」とかそういう直接の反応はなく、プロデューサー経由で「前向きです」と(笑)。

尾崎世界観

どういう経緯で依頼が来たのか聞きたかったけれど、松居くんが自分で依頼するのが嫌だったように、こっちも自分から聞くのはなんか嫌だなって(笑)。

松居

『ミーツ・ザ・ワールド』は新しい世界の人たちと出会う物語だから、音楽も映画音楽家ではない、新しい人に依頼したかったんだよね。

尾崎

なるほど、といま思った(笑)。

──音楽の方向性については、どうやって擦り合わせていきましたか?

尾崎

編集の段階で、どこに音楽が入るのかを聞いて、まずその尺に合わせて作っていきました。でも秒数がきっちり決まっていたわけではないし、けっこう緩かったですね。

松居

なんなら音楽に合わせて、最終的に編集をやり直すつもりだったから。でも最初にできてきた音楽を聴いたとき、すごくグッときたんですよ。いまにも歌が始まりそうなメロディーで。それがとてもよかったから、これならもう大丈夫だなと思って。

尾崎

クリープハイプが映画音楽を作るなら、ただのインストゥルメンタルじゃない、インストだけどいまにもそこに歌が乗ってきそうなものがいいと思ったんです。いちばん嫌だったのは、画とハマりすぎちゃうこと。馴染みすぎると、音が鳴っていないのと一緒になる気がしたので、ストーリーのことはそこまで考えないようにしました。

松居

もちろん映画の音楽ではあるけど、クリープハイプがクリープハイプのままの音楽で挑んでくれている感じがよかったなって。画と音楽がそれぞれ独立している分、映画として強いものになった実感があります。ジム・ジャームッシュとトム・ウェイツの関係が理想なので、それに近いものがある気がする。言いすぎかもしれないけど。

左から、松居大悟、尾崎世界観。

尾崎世界観が見た、松居大悟の変化とは?

尾崎

むしろ舞台が歌舞伎町だったことが、今回は大きかったかもしれない。滑らかな角の取れた音楽より、ゴツゴツした、ちょっと浮き出たもののほうが歌舞伎町にふさわしいんじゃないかと思って。

『ミーツ・ザ・ワールド』には登場人物に入り込みすぎない、ギリギリ客観的な視点があって、これまでの松居くんの作品とはちょっと違う気がするんです。誰のこともわからないし、誰のこともわかるというか。それも歌舞伎町という街の感じをよく表している。

──この作品には、そういった松居さんの新たな一面が見えますよね。

松居

変えたつもりはとくになかったんですけどね。新しい世界でいろいろな人たちに出会うのがこの映画のテーマだから、主人公の道をきれいに見せるために、それ以外の人を配置するんじゃなく、一瞬だけ映るような人でも愛おしく見えるようにしたいなと思って。主人公については、由嘉里に扮する杉咲花さんを信頼していたので、僕はまわりの人たちを見つめている時間のほうが長かったかもしれないです。

尾崎

そこが新境地なのかもしれない。これまでは松居くんのスイッチが入ってしまうような瞬間があって、行きすぎたり、追いかけすぎたりすることがあったけれど、それも今回はなかったような気がする。

松居

たしかに、やりたいと思ったことがあると、やりすぎてしまう傾向が以前はあったと思う(笑)。でも引き留められることが多くなってきたんですよね。例えば『ちょっと思い出しただけ』の終盤、タクシーが空を飛ぶことで、タクシー運転手の主人公がやっとひとりになれたという表現をしたかったのに、大勢に反対されて、青信号をまっすぐ進んでいくシーンにしたとか。

自分でも一瞬立ち止まって、これはどうだろうって考えられるようになったのかな?『くれなずめ』の中に主人公たちが心臓を投げ合うシーンがあって、自分では最高だと思っていたんです。でも「あれさえなければ……」という感想をけっこう言われて、やっぱりやりすぎたのかなと感じたというか。でも自分にとってはやるべきことだったし──。

尾崎

そう思うと、ついやってしまう(笑)。

松居

そうそう。でもそこで思いとどまって、みんなが納得する答えを見出せるようになったのかもしれない。

──尾崎さんから見て、それは松居さんの成熟だと思いますか?

尾崎

どうなんでしょうね……。松居くんは「あれさえなければ……」って言われがちなタイプで、それは僕も同じです(笑)。だからずっと仲がいいんだと思う。それが明らかなミスだとしても、やりたかったからやってしまったという、その不器用な部分に愛おしさを感じてしまうタイプ。ふたりとも、そういう本質はたぶん変わらないんじゃないですかね。

松居大悟が考える、自身の変化とは?

──いろいろな話が出ましたが、あらためて松居さんはこの作品での変化をどう自覚していますか?

松居

どうなんだろう?いろいろあると思うんですけど……うーん……。

尾崎

じゃあこれまでと一緒ってこと?

松居

いや、違う(笑)。それこそ以前は、カメラの中に入り込みたいくらいの気持ちで撮っていた時期があるんですけど、そこから7、8年くらい前に抜け出したような気はするんです。いまはなるべく俯瞰して撮ろうとしている実感があって。

──変化の実感は確実にあるわけですよね?

尾崎

松居くんはまわりの人たちの影響を強く受けるほうだから、きっとそこが大きいんだと思います。本人の変化以上に。

松居

そうだね。例えば、以前からずっと知り合いだったプロデューサーの深瀬さんと、初めて一緒に映画を作ったこととか、杉咲さんも7、8年前から「いつかご一緒しましょう」と話していて、それがやっと実現したこととか、蒼井優さんと『アズミ・ハルコは行方不明』以来、久々に再会したこととか、もちろんクリープハイプに音楽をお願いしたこともそうだし、今回変化しているとしたら、そういったまわりの人たちのおかげかもしれません。

尾崎

作っている本人は、意外とわからないんですよね。音楽なら、まだ少ない人数で作れるけれど、映画には大人数が関わるので。きっと、なかなか言葉にしにくいはずです。

松居

言葉にしにくいからこそ、映画を作ってるみたいなところがあるんですよね。

──劇中の音楽は画とハマりすぎないようにしたということですが、エンドロールで流れる主題歌「だからなんだって話」には、尾崎さんがこの物語をどう捉えたかがはっきり綴られているような気がします。

尾崎

劇中の音楽はあえて置きにいかなかったけれど、主題歌は最後にしっかり物語に寄り添いたいと思って作りました。

松居

主題歌は映画の最後にふさわしい、抜けるような曲ですごくよかった。〈君を好きな自分なら ちょっと好きかも〉という歌詞とか、この映画を観た人はもちろんだけど、ライブで歌っても大切な人を思う曲として届くだろうなって。嬉しかったですね、そんな曲が生まれることに関われて。

『ミーツ・ザ・ワールド』
監督:松居大悟/出演:杉咲花/自分のことが好きになれず、将来に不安を抱く腐女子の由嘉里。歌舞伎町の住人たちと出会い、彼女はありのままの自分を受け入れられるようになるが……。金原ひとみの原作を映画化。10月24日より新宿バルト9ほかで全国公開。