それは、ほかの何にも似ていない木彫り熊だった
「熊なんですけどイノシシにも犬にも見えてくる。その姿が何ものにも代えがたいほど愛らしいんです。いろんな木彫り熊を見てきたけれど、ちょっと別格。衝撃的でした」
本誌でも活躍中のファッションエディター、松本有加さんが1年前を振り返る。独創的すぎるその熊に出会ったのは2022年の早春。木彫り熊発祥の地として知られる北海道の八雲町にある〈木彫り熊と本の店 kodamado〉でのことだ。
熊の作り手は増田皖應さん。初めて聞く名前だった。〈kodamado〉店主の青沼千鶴さんによれば、増田さんは当時88歳で、しかも熊彫りを始めてまだ4年目だという。
「手先が器用なんでしょうね。毛並みを表す彫り跡もすごくきれいだし、足の裏に肉球まで彫られている。それなのに耳がボンドで後付けされていたりして、なんというかノールールでポップでユーモラス。もう、ぐいぐいハマりました」
そして2022年の9月に、かねてより交流のあった青沼さんから、「増田熊の写真集を作れないか」ともちかけられた。青沼さんを中心とする『クマまつり実行委員会』が主催しているイベント『冬眠まえのクマまつり』が年末に控えており、それに間に合わせたいのだという。予算も時間もまったく足りなかったけれど、松本さんは迷うことなく引き受けた。「というか、ぜひ作らせてくださいという気持ちでした」。
そもそも松本さんが木彫り熊を集めるようになったきっかけは、偶然の出会い。「秋田に住む義父の家に遊びに行った時、玄関の片隅に小さな熊がちょこんと置いてあった。なんだか可愛くて、もらって帰ったのが始まりです」。
足の裏を見ると「やくも」と彫られている。なんだろう?とあれこれ調べるうちに、函館から車で1時間半ほどのところにある“八雲町”のことだと知り、いつか行ってみたいと思うようになった。八雲町を訪れたのは、それから数年後。素朴な風景もさることながら、町にある〈木彫り熊資料館〉で歴史に触れ、ますます興味がわいた。
「木彫り熊といえばアイヌの工芸として有名ですが、八雲町が発祥の地とされていると知りました。八雲の熊の始まりは大正時代。この地の開拓を進めた尾張徳川家19代当主の義親(よしちか)が、スイスのベルンを旅した時に買ってきた木彫り熊の置物がきっかけに」
ベルンは熊(BEAR)を語源とするほど木彫り熊づくりが盛んな町。農民たちが冬の農閑期に熊を彫って収入源とするペザントアート(農民美術)が作られていた。義親は八雲町の農家でも同じことができるのではないかと思いつき、副業としての木彫りを推奨したのだとか。
こうして松本さんが八雲町へ通うようになって出合ったのが、さまざまな木彫り熊を紹介する前述の〈kodamado〉だ。
八雲の熊はペットだった!?愛らしい造形の秘密とは
「そんな〈kodamado〉店主の青沼さんが、2022年1月に偶然発掘したのが増田さんの熊でした。司法書士でもある青沼さんを訪ねて来た増田さんが、店に並んでいる木彫り熊を見て、“自分も趣味で彫っている”と。それでご自宅にうかがってみたら、とんでもなくすばらしい熊がたくさんあったそうです」
ウッドカービングが趣味で主に鳥の置物を彫っていた増田さんは、84歳の時、八雲町の町民だけが受けられる木彫り熊の講習に参加した。講師は八雲町で唯一の現役作家である千代昇(ちよ・のぼる)さん。その後、誰に見せるでもなく自宅で黙々と彫り続けていたのだとか。
「増田さんの作品はとても独創的ですが、八雲町の熊の特徴がはっきりと見られます」と松本さん。そのひとつは毛の表現。ハの字に分かれた足の毛や、背中の盛り上がった部分から毛が放射状に流れる「菊型毛」の技法が用いられている。これは、八雲の木彫り熊を最初期に指導した日本画家・十倉金之が考案した彫り方である。
もうひとつの特徴は優しくて親しみやすい表情。同じ木彫り熊でもアイヌの熊は、畏敬すべきカムイ(神様)と捉えられていて、吠える姿などで雄々しく表される。ところが、八雲町の熊はペットが原型。「徳川農場で雄雌2頭の熊を飼っていたそうで、人にも馴れていたんでしょう。だから、その熊を見て彫られたからか、みんな優しい顔をしているんです。増田さんの熊もすごく愛らしいですよね」。
紅葉、吊り橋、温泉宿。八雲の名所でオールロケ
こうして“増田さんの熊”の写真集を作ることになった松本さん。ところが、被写体となる熊が手元にない。〈kodamado〉で扱い始めて半年ほどしか経っていないにもかかわらず、すでに熊彫り界隈では知られる存在となり、全国の熊好きに買われていたのだ。まずはそれらの持ち主ひとりひとりに連絡をとり、写真を撮るために送ってもらうところから始まった。
全国から集まった40~50体の熊を改めて見てわかったのは、増田熊のバリエーションのすごさだった。座っているのも飛んでいるのもあるし、後ろを振り返っているのもいる。「体も足も前を向いているのに顔だけ真後ろについているという、めちゃくちゃファンキーな熊もいました。僕は一体だけ持っているのですが、お借りした中には、制作した時期が近かったのかサイズや佇まいが似通っている子がいて。兄弟熊のようで愛おしかったですね」。
撮影はオールロケ。「観光ガイドとはいかないまでも、町の歴史や文化を感じられる一冊にしようと考えました。八雲は海産物が有名なので本物の大漁旗を借りて背景にしたり、紅葉がきれいな場所を探して歩き回ったり」。
「実は、完成した写真集をお見せする前に増田さんは亡くなられてしまったんです。昨年から体調を崩していたようでした」
会うことも直接話を聞くこともできなかった。写真集を作っていたことは知ってもらっていたけれど、できた本を見てもらうことはかなわなかった。
「ただ、八雲の木彫り熊というのは、町に住んでいる人以外は彫ることもできず習うことさえできないほど、大切に守られているんですね。だから、僕のような外部の人間が携われたのが、そもそも普通では考えられないほど貴重なこと。長い間、趣味で集めていた者にとっては本当に光栄な経験でした」
何を参考にしていたのか、どうしたらこんなにポップな姿になるのか、聞いてみたいことはたくさんあった。「でも、増田さんの熊というすばらしい存在を、紙の形できちんと残せてよかった。たくさんの情報が瞬時に飛び交う現代でも、まだ知られていない美しいものがある。実家で偶然に見つけた小さな熊がつないでくれた縁だと思うと、ロマンを感じます」