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謎や不思議は消えゆくのか?妖怪文化研究家・木下昌美に訊く「デジタル時代の妖怪」

猛スピードでデジタル化が進んでいる今、闇に潜んできた妖怪たちはどうしているのか? 彼らの居場所はあるのだろうか? 気鋭の妖怪文化研究家・木下昌美に訊いてみた。

photo: Masuhiro Machida / illustration: Hidemitsu Shigeoka / text: Tetsu Takasuka

人間が存在する限り、
妖怪は存在し続ける

古来、人間は人知を超える不可解な現象に姿形、名前を与えてきた。それらは妖怪と呼ばれ、人々が畏怖する対象となった。その姿は書物や口伝となり、現代では漫画や小説のモチーフとなり、多くの人に親しまれている。

しかし、科学技術が発達し、謎や不思議が次々に解明されてきた今、畏怖の対象という妖怪本来の意義はほぼ失われてしまったと言っていいだろう。また、デジタル社会が進み、あらゆる情報がデータ化されていく中で、妖怪のような不可思議な存在が入り込む隙はなくなってしまったように思える。

妖怪たちは、このまま存在意義や居場所を失い、消え去ってしまうのだろうか? 大学時代から鬼の研究に取り組み、現在は妖怪文化研究家として活動する木下昌美はこう考える。

妖怪について語る、木下昌美
妖怪文化研究家として活動する木下昌美。着る服にはいつも水木しげるの絵が。

「私は人間が存在するところに、必ず妖怪は存在し続けると考えています。人が暮らしていくうえで、何かしら不可解な存在は必要なのです。古代より不思議なものに“鬼”という名前が与えられ、鎌倉時代には仏教の隆盛と共に天狗が流行しました。

これらはただ畏怖の対象として存在するだけでなく、仏教の教えを説くためなどに利用されることもありました。また『大江山絵詞』などに見える酒呑童子という鬼の話も都から派遣された源頼光といった武士、ひいては帝の威光を示すという側面を持っていたとも考えられます。

妖怪は畏怖の対象であった一方、各時代で様々な思惑のもとに利用されてきたという歴史があるのです」

メディアによって拡散される妖怪たち

妖怪は飢饉や災害などとも縁が深い。昔の人々は、地震の原因を大鯰に求めたり、川に近づくと河童にひかれるといって、水難の原因を妖怪にすることもあった。そうした傾向は現代にも見られると木下さんは語る。

「東日本大震災が起きた後は、幽霊の目撃談が相次ぎ、NHKでも特集が組まれました。身近な人を喪った人にとって、幽霊の存在はある意味、救済になったとも考えられます。また、近年のコロナ禍では、アマビエという妖怪が大きな注目を浴びました。

アマビエ
『アマビエ』
コロナ禍で一躍有名になった妖怪。疫病が流行した際、自身の姿を描き写して広めるように伝えたという伝承に基づき、多くの人々がアマビエの絵を描いて拡散させた。

そもそもアマビエは昔から一部の人たちにはよく知られた存在でしたが、知名度はそれほど高くなかったように思います。しかし、コロナ禍をきっかけとして誰もが知る存在になりました。このように、大きな出来事が起きると妖怪が表に出てくるという現象は昔から続いているのです」

話題となった近世の瓦版では、アマビエが自身の姿を写せとは言っているものの、写したものを人々に見せたからといって疫病が収まるなどとは書かれていない。しかし現代社会において都合の良い部分が切り取られ、コロナ禍における人びとの思いを乗せたアマビエは疫病を退散してくれる新しいスタイルのアマビエとしてインターネットなどで拡散した。

「妖怪がメディアを通して広く知られるようになるという現象は、今に始まったことではありません。かつては妖怪というと鬼や天狗、鵺(ぬえ)、土蜘蛛(つちぐも)くらい…と言うと大げさかもしれませんが、とにかく種類が少なかったのです。

しかし、江戸時代に入り、印刷技術が発達すると、妖怪の存在が庶民に広く知られるようになったと同時に、バリエーションも一気に増えました。河童という妖怪もかつては年老いたカワウソが河童になると言い伝えられていただけでしたが、頭に皿を載せ、甲羅を背負ったような河童の絵が江戸時代に流行したことでイメージが定着し、人びとの間で広まりました。

アマビエのようにわかりやすいビジュアルがあることは、情報を拡散するうえで重要なことなのです。現代では、水木しげる先生の作品がそうした役割を果たされていますね。今、多くの人がイメージする妖怪は、どれもどこかしら水木先生の作品の影響を受けているのではないでしょうか」

“お化けは娯楽”だ

インターネットの登場は、妖怪という存在の拡散にむしろ拍車をかけているようだ。

「近年、SNSで本物の座敷童の写真とされる画像が拡散しました。実際は、旅館のポスターを加工したものだったのですが、SNSというツールを通して一瞬で拡散されたのです。また、某大手掲示板サイトも現代の妖怪や都市伝説を生み出しています。

くねくね
『くねくね』 21世紀に入って登場した新しい妖怪。インターネット掲示板の書き込みから生まれた。見てしまうと精神を壊すと言われている。

『くねくね』は掲示板への書き込みから誕生した現代の妖怪です。外からやって来た子どもたちが田舎の祖父母を訪ねたとき、田んぼの中でくねくね動く正体不明のものを見たことで精神に異常をきたしてしまうという話なのですが、その牧歌的な情景や誰もが想像しうるシチュエーションが多くの人の心に強く残り、広く知られることになりました。

さらに、似たような体験が書き込まれ、信憑性が補強されることで大きな盛り上がりを見せました。『きさらぎ駅』も掲示板で誕生した都市伝説です。存在しないはずの見知らぬ駅に降り立ったことから様々な怪異が発生するという話ですが、異界に迷い込んだとされる人物がリアルタイムで書き込みをしていたことから多くの人の注目を集めました。

デジタル時代だからこそ流布する妖怪や怪談は数多くあります。こうして、妖怪は今後も様々な形で人々の暮らしの中に存在し続けるでしょう」

人間が心配するまでもなく、妖怪の生命力は強いのだ。

「基本的に妖怪は無害な存在です。こんな時代だからこそ、もっと妖怪を楽しんでほしいですね。“お化けは娯楽”ですから」