真鶴ピザ食堂 KENNY
〈真鶴ピザ食堂 KENNY〉は2016年にオープン。町のピザショップとして愛され、2020年に真鶴駅前に移転した。元食堂の店舗が残した昭和モダンなカウンターやショーケースが、アメリカンなデザインと見事に溶け合って、居心地のいいダイナーに生まれ変わった。
メニューを見ると「うずわとレンコン」「さばみりんとリコッタチーズ」といった、地の魚を使ったピザが多い。真鶴港にある〈髙橋水産〉の干物をはじめ、具材には地元の食材をふんだんに使っている。「うずわ」はソウダガツオの愛称で、背中に渦のような模様があることからそう呼ばれているとのこと。国産小麦100%のもちっとした生地の食感と、チーズの旨み、そこに干物の程よい塩気が効いている。
店を営む向井研介さん・日香(にちか)さん夫婦は、2016年に東京からやってきた移住組だ。ふたりは吉祥寺のイタリアンで働いているときに出会い、結婚を機に研介さんの故郷である福島に帰ろうかと考えた。福島県以外の場所も視野に入れて移住を考えたとき、真鶴の町に出会って土地の魅力に惹かれたという。引っ越した当初は小田原のイタリアンで働いたが、せっかく移住したのに通勤に時間を割いていては意味がないと半年で退職。すぐに念願のピザショップをオープンした。
真鶴駅前に移転した今、看板には「ひものピザ」の文字が光る。真鶴の海が育む魚介の旨みをピザにのせ、今日も訪れる客人を待ち受けている。
パン屋秋日和
〈真鶴出版〉からほど近い場所にある〈パン屋秋日和〉を営む清水秀一さん・綾香さんも東京からの移住者だ。八王子のベーカリーに勤めていた秀一さんが、独立を機に真鶴に移り住み、ハード系のパンが中心の店を立ち上げたという。きっかけは〈真鶴出版〉での宿泊。街歩きを通じて地元の人たちとふれあい、ここなら暮らしていけそうだと思ったのだという。
どのパンも使うのは国産の小麦。イースト菌を使わず、育てた自家培養種を使って焼き上げる。少し酸味のある独特な香りが特徴で、硬くなっても焼き戻せばおいしく食べられるのだそう。人気は《田舎パン》。まるまると大きく、表面には綺麗な模様入り。店のロゴにもなっている。
真鶴には昔ながらのパン屋さんはあったものの、バゲットなどを扱う店はなかった。地元のお客さんに人気なのは《あんぱん》。あんこの優しい甘みを、程よい弾力の生地ごと頬張ると最高においしい。今年の冬は、さらに芋の旨みまで追加した《いもあんこパン》が登場していた。次の季節のパンも楽しみだ。
髙橋水産
真鶴は海に向かってすり鉢の形をしており、港まで下りると背後に立ち並ぶ家屋の美しさに圧倒される。これが「美の基準」が守ってきた景観か、と胸を打つものがある。午後の海は穏やかで、地元の親子連れが釣りを楽しんでいた。港に隣接する建物を見ると、入り口には「三代目ひもの仙人」の書。ここ〈髙橋水産〉は代々干物を扱ってきた地元の名店だ。店主の髙橋敏之さんが独自に編み出した秘伝の製法で干物を作っている。
髙橋さんは市場に出向き、真鶴港で水揚げされたうずわなどの新鮮な地魚や国内外の魚を仕入れ、干物にする。髙橋さんの手にかかれば身がほくほくの香ばしい干物が出来上がるのだ。
店内には火鉢を用意し、試食を推薦している。「ここは飲食店ではないので、お客さんが家で食べるときの反応はわからない。でも試食をして“おいしい!”っていう顔をしてくれると本当に嬉しくて。まだまだ修業中。もっと美味しい干物を作りますよ」と髙橋さん。真鶴の土産は干物で決まり。
干物がピザになったり、パンが宿の朝食になったりと、味が人と人とを繋いでいく。そんな関係が自然と育まれて、おいしい真鶴が出来上がっていく。