選・文:馬飼野元宏(音楽ライター)
心に不良を抱えた男の官能性はブルースによって表現される
60年代後半から70年代前半にかけて、日本映画にアウトロー的感性を持った俳優が、一斉に登場してきた。彼らの歌は、役柄と同じくどこか危なっかしい不良っぽさを抱えていた。
こうしたシンガーと相性がいいのは、ブルースである。その代表格が原田芳雄(1)で、若いころにラジオ局のジャズのど自慢大会に出場、プロのシンガーを目指していたというだけに、歌へのこだわりは相当なもの。原田の歌は渋い声質と、オリジナルのメロをちょっと崩して歌う、ブルージーな雰囲気が魅力だ。
諦念や、去って行った女への未練と愛情を表現するのが上手く、ダルな雰囲気がそのまま色気に繋がっているのだ。
阿木燿子、宇崎竜童コンビの「レイジー・レディー・ブルース」や西岡恭蔵作の「プカプカ」などでは、「あたい」という一人称表現が絶妙に色っぽい。
だらしないけどいい女、を恋人に持つ不良中年の色気といったところか。くわえ煙草で女の首に手を回すなんて仕草が目に浮かぶ。原田の最もドープなブルースとしては、シングル「赤い靴の憂歌」のB面「護送車を見送って」を挙げておこう。
原田芳雄的ブルース解釈は、藤竜也や根津甚八などのフォロワーを生み出した。藤竜也(2)は、『寺内貫太郎一家』で梶芽衣子の恋人のやくざを演じていたイメージで、「茅ヶ崎心中」という演歌風の曲も出したが、藤の場合は出身地の横浜を歌った曲が抜群にいい。
多くの俳優歌手に歌い継がれた名曲、「ヨコハマ・ホンキートンク・ブルース」の作詞者でもあり、粋でトッポイ男の色気を歌で表現するのが絶妙に上手い。80年代にはシティ・ポップ、ラテンまで手中に収めるジャンルの広さを見せたが、ラウンジ・ボッサの「セニョリータ・マリア」など、キザでオシャレな男のダンディズムが全開。 圧倒的にモテる前提の歌が多いのも素晴らしい。
原田に演技的な影響を受けたといわれている松田優作(3)だが、歌でも初期にブルース・ナンバーが多いのは、やはり原田の影響か。ただ、優作の場合は声質が甲高いので、ブルースを歌っても違ったイメージになる。
78年発表の、大野雄二がプロデュースに参加したアルバム『Uターン』は、ブルース風の曲調と、優作の高めのキーがぶつかり合って、不思議な調和を生み出している。
優作が『蘇える金狼』や『遊戯』シリーズの武骨でセクシーなハードボイルド性を歌でも見せたのは、『ヨコハマBJブルース』(81年)の劇中で歌われた「マリーズ・ララバイ」だろう。82年の『INTERIOR』以降はニューウェーヴ系サウンドに挑んでおり、いささか荒っぽい歌いっぷりにスリリングな色気が表出している。
甲高い声の官能性でいえば萩原健一(4)もそのひとり。GSのザ・テンプターズ出身であり、「俳優の歌」ではなく、原点はシンガーだが、ソロになってから、ことに79年のライブ盤『熱狂雷舞』以降、思い切りアバンギャルドな方向性に舵を切った。
代表作「愚か者よ」の歌唱法を、マッチと聴き比べればその凄味がわかるだろう。優作やショーケンは、演技と同じく歌でもついのめり込んでしまうのか、結果、自己流のヴォーカルスタイルになり、それが何とも無防備で魅力的である。
さらにショーケンの場合、甘えん坊なキュートさが母性本能をくすぐるのだが、歌でのやんちゃぶりもその一環と捉えていただければ。
この「母性本能系」でいえば、やはり火野正平(5)。プレイボーイとして名高い彼はとにかくモテまくったが、最大の理由は彼の少年っぽい可愛らしさにあるのではないか。「ファニー」を聴けばわかるが、歌はいたって生真面目。色男振りの背後にあるマメさが歌い方に垣間見えて、女性をキュンとさせてしまうだろう。
母性本能くすぐり系から、ハイトーンの官能美まで
ここからは、テレビドラマで人気を得た、お茶の間系俳優たちの歌について記そう。
不良系俳優の歌はブルース系に向かい、ハードボイルド的な世界に着地する。一方テレビでその人気が高まった若手俳優たちの歌は、一様に誠実さを感じさせる。
生真面目さでいえば、水谷豊(6)。「カリフォルニア・コネクション」の大ヒットを持つが、この人の場合は譜面に忠実に歌い、発声も一音一音はっきり歌い、決して崩さない。その誠実な姿勢が好感度を高めるのだ。
歌手デビュー曲「はーばーらいと」など、表現力では作曲者・井上陽水のセルフ・カヴァーに譲るものの、ピュアな青年の心情としては水谷の歌唱が正解に思える。
また、作家陣が豪華なのも魅力で、その中でも思い切ってリゾート・イメージを展開させたアルバム『Indigo Blue』は気取り倒したその姿が、青年の背伸びを感じさせて好印象。喋っているときの声や表現と、歌唱法が一致しているところも彼ならではだ。
草刈正雄(7)の作品など、アイドルシンガー顔負けの清廉な魅力を感じさせる。代表作「センチメンタル・シティー」のようなサウンド重視の作品でもしっかり歌えているところが素晴らしい。同じく70年代を代表する二枚目、三浦友和の場合は、本人もギターが弾けるため、シンガー・ソングライター的な、柔らかな作風のものが多い。
中村雅俊(8)は歌手としても「ふれあい」「心の色」など幾多の大ヒットを持つが、桑田佳祐の提供曲「恋人も濡れる街角」では、いきなり桑田風の歌い方になり、恋愛に慣れていない男の妄想を歌っている。
この曲など藤竜也や原田芳雄が歌ったら全く別の解釈になるはずだが、中村の温厚そうなキャラクターが前提にあるため、「手の届かないいい女」像を聴き手の脳裏に浮かばせるのだ。
また、寺尾聰(9)のように、元はシンガーで役柄も軽妙な持ち味だったが、『西部警察』出演と「ルビーの指環」一発で、ハードボイルド系キャラに変貌してしまう例もある。大ヒットアルバム『Reflections』は完璧なシティ・ポップ。ボソボソ呟くような低音が、却って思慮深い印象を与えるのかもしれない。
柴田恭兵(10)は高めのキーで、少年っぽい官能性を表現している。この人は普段の演技でも、セリフ回しにリズム感があるので、歌もノリのいいビートの曲で爽やかな汗を感じさせてくれる。「ランニング・ショット」のようにロック系の音と相性が良い。
『あぶない刑事』シリーズで柴田と名コンビを組んでいた舘ひろしは、元クールス出身のシンガーだけに歌が上手いのはもちろんだが、軟派な雰囲気にぴったりのソフトな声質が魅力的。