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世界チャンピオンの日本人が営むコーヒーショップが、スイスにありました

スイス代表としてブリュワーズ世界チャンピオンになった、一人の日本人。彼女の名はエミさん。「豆」から名づけたチューリッヒのコーヒーショップ〈MAME〉のオーナーでもあります。

photo: Rie Yamada / text: Yumiko Urae

チューリッヒ中央駅からもさほど遠くない5区の庶民的なエリアに、2016年にオープンした〈マメ〉がある。

店に入るとカウンター背後の壁には、定番メニューに加えて、その週のおすすめ豆リスト。その隣には、チョコレート、旨味、スパイス、シトラス、トロピカルフルーツなどの香りや味を色分けして14種類で表現した〈MAME〉特製フレーバーホイールが掲示されている。

コーヒーに詳しくない客が相手なら、バリスタが「では濃いチョコレート的なフレーバーでお作りしてよいですか?」と提案しているし、詳しい客や常連が相手なら、新しく入った豆の説明などで話に花が咲く。

2018年ワールドブリュワーズカップでスイス代表として優勝した深堀絵美さんと、数々のバリスタの大会で入賞しているフランス人の元エンジニア、マシュー・ティースさんによる共同経営。一見普通のカフェ然としているが、大会に出すような特別な豆を一般にも届けようと、淹れ方もこだわり、価格帯もヨーロッパ屈指という店だ。

〈MAME〉共同オーナー・深堀絵美
1号店に立つ絵美さん。好みのテイストをスタッフがアドバイスするカウンターで。
スイス〈MAME〉窓
〈MAME〉を象徴するタグラインは窓のほか、店内各所に。

絵美さんがスイスに来たのは観光の専門学校で勉強するためだった。「卒業後は旅行業界で4年間、日本から来るお客様の対応などをしていました。やりがいもありましたが、日本みたいにおいしい食べ物や飲み物の楽しみがなかったので、それを探してワインテイスティングなど趣味の会に参加し始めて。14年頭にコーヒーの会で、これは面白い!と思ったのがきっかけでした」。

自身、突き詰めるタイプ。単に飲み比べを楽しむだけでなく、競技会にも出てみようと決めてからは、仕事が終わって毎晩に大会練習、という合宿のような生活がスタート。「好きだったし、うまくなりたいと必死だった」ので苦には思っていなかった。その成果あって15年にはバリスタのスイス大会で優勝、18年にはやはりスイス大会を経て、ブリュワーズ部門で世界チャンピオンとなった。

「世界大会の歴史は30年もないほど浅いけど、コーヒーはすごく奥が深い。“自分ならこういうものが好き”というところまで行き着くのも大変です。スイスで優勝した後に世界大会に出たら、見ていた世界はまだ小さかった、と気づきました。自分がミジンコみたい、と(笑)」

競技では毎回、どの豆を使うか選び、その豆をおいしくするために正直に向き合う。そのストーリーなども含めたすべてが必要だった。

今も毎年、産地へ仕入れに行き、特にパナマでは毎回ハッとするような豆に出会うという。年間でおよそ80種類ほど、これは、と選んだ生豆が世界中から届き、チューリッヒのロースタリーで週に2〜3日、集中して焙煎する。種類が多いので少しずつ焼き、焙煎機の調整と清掃に時間をかけている。

現在、店舗で働くバリスタはジュネーヴの2店を合わせて30人ほど。ビザの問題のない欧州圏のチェコ、ハンガリー、スペインなどから多国籍の人材が集まる。ただコーヒーを淹れられるだけでなく、人好きでコミュニケーションがうまいスタッフが揃っているのもポイント。大会に挑むスタッフにはサポートも惜しまない。

自身は競技から身を引いたあとも、店から大会に出る若手や、〈MAME〉の豆を使って挑戦する選手は継続して支援している。海外での経営はタフだが、「(タフに)なるしかないんですよ」と乗り越えてきた。開店3年後に襲われたコロナ禍では、焙煎所に籠もって大変な思いをしたというが、アフターコロナではかえって勢いがついた。スイス全体でも「やりたいことがあったらあまり迷わずに挑戦する人が増えた」とポジティブに捉えている。

〈MAME〉は世界トップレベルの豆を並べながら、気取らず、日常のちょっとした贅沢を楽しめる場として、スイス国外でも有名になった。今や噂を聞きつけた世界中の客が、空港からスーツケースを転がしてやってくる。そんな絵美さんの次の目標は、日本進出だという。

「自分の人生のさらなるステップアップとして日本でチャレンジしたいです。世界から日本にやってくる方に私たちのコーヒーを届けたい」

人生の早い段階で世界に出た、絵美さん。成功は手にしたけど、夢と旅はまだ半ばだ。コーヒーを共通語に、日本と世界の境界をどんどん飛び越えていく。それも彼女に続く、これからの姿なのかもしれない。

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