『君の名前で僕を呼んで』や『チャレンジャーズ』で知られる映画監督ルカ・グァダニーノが、繰り返し坂本龍一とコラボレーションをしていたのはご存じだろうか。イタリアの映画館での出会いから、映画音楽の作曲家としてのユニークネスまで。イタリアの巨匠が「毎日考えている」という唯一無二のアーティスト・坂本龍一について語る。
尊敬する人に会うのは危険?!
——坂本龍一を知ったきっかけは?
ルカ・グァダニーノ
彼の作品と出合ったのは地元パレルモにいた頃、1983年か84年だったかな。『Furyo』という映画が公開されたんだ。『Furyo』は『戦場のメリークリスマス』の欧州版の題名なんだけど、この禁断のように感じられた映画を通じて、大島渚、デヴィッド・ボウイ、坂本龍一の3人を同時に知ることになった。その後、すぐに映画のサントラCDを買ったよ。それまで聞いたことのないような、驚きと壮大な美しさを感じさせる音楽でね。僕にとって、完全な革命だった。
それから坂本作品にのめり込み、イエロー・マジック・オーケストラの時代を発見して、彼の作品にますます魅了されていったんだけど、決定打は1987年公開のベルナルド・ベルトルッチの『ラストエンペラー』だね。あの映画で彼がなんと多様な才能をもつアーティストであるかを思い知らされた。坂本龍一は優れた作曲家であるだけでなく、素晴らしいポップミュージシャンであり、秀でた俳優でもあったんだとね。
——10代の頃から映画館に通い詰めていたんですね。映画にはいつから惹かれていましたか?
ルカ
僕は生まれた時から映画好きだよ、いや本当に。
——なるほど(笑)。自作の劇伴を依頼するなど、その後坂本さんと協働されるようになりますが、実際に会ったのはいつでしたか?
ルカ
2018年だったと思います。『君の名前で僕を呼んで』を公開した後、『サスペリア』でコレオグラファーとして参加した振付家のダミアン・ジャレを通じて連絡を取ったんだ。東京にいるタイミングが重なる時期あって、彼が滞在していたホテルを訪ねていってね。
僕はいつも、尊敬する人に会うのは危険だと自分に言い聞かせているんだ。失望するかもしれないからね。だけど幸い、坂本さんと会ったときはそうはならなかった。信じられないほど繊細でありながらも、とても力強い人だよ。すばらしい出会いだった。僕は彼の芸術に傾倒していることを伝え、一緒に仕事をするためなら何でもすると言ったね。
——そこからコラボレーションが始まっていくわけですね。
ルカ
正確には覚えていないけど、『The Staggering Girl』が最初のプロジェクトだったかな。FENDIのファッションショーを僕が演出した時に、協力してもらったこともある。『BTTB』の楽曲をショーで使いたいと依頼したんだけど、彼は快諾してくれただけでなく、『BTTB』の曲を使って新しい曲をつくってくれたよ。僕がプロデュースした映画『ベケット』の劇伴も彼が全編担当してくれたしね。
「スタジオに生地を送ってくれ」坂本流・劇伴のつくりかた
——映画音楽の制作において、坂本さんとはどんなやりとりをされたのでしょうか?
ルカ
『The Staggering Girl』では映画の内容について話し合ったよ。この映画はValentinoの当時のディレクター、ピエールパオロ・ピッチョーリが手がけたオートクチュールコレクションから着想を得ていた。そのことを伝えると、坂本さんは「コレクションに使われた生地を僕のスタジオに送ってくれないか」と言ってきてね。示唆に富んだ提案だった。実際にスコアを聴くと、生地を使って奏でた音が聴こえるよ。彼がみずから奏でた生地の音がね。
——映像を編集し、音楽が必要な場面を伝えて、坂本さんがそのシーンに合わせて音楽を制作する、という流れですか。
ルカ
正直、よく覚えていないんだ。でも撮影・編集をして、それから作曲家に共有するのがいつものやり方。『The Staggering Girl』ではもっと早い段階から会話を始めていた気もするね。
——映像と音楽のコンビネーションについて、坂本さんと話し合った記憶はありますか?
ルカ
『The Staggering Girl』はある女性の内面的な人生について、つまり彼女がもっていた母親像と自己意識のコントラストとの和解、そして彼女自身と彼女が戻っていく場所との関係についての映画なんだ。そして、その音楽は主人公の女性がもつ神秘性と呼応するようにサスペンスフルであるべきだという見解で、僕らは早くから合意していたからね。終盤で彼女が解放される時、映画は女性的な喜びの場所へ向かう。坂本さんの劇伴もそのようにつくられているんだ。
——協働するなかで、意見の相違や対立することはありましたか?
ルカ
いや、まったく。僕の坂本さんに対する尊敬と信頼はあまりにも大きいから。対立なんて絶対にありえないよ。
——トム・ヨークやトレント・レズナー&アッティカ・ロス、アルベルト・イグレシアスなど、さまざまなミュージシャンと協働されていますが、映画音楽の作曲家としての坂本さんの固有性はどこにあると思われますか?
ルカ
みんなそれぞれに個性的だけど、坂本さんの音楽は非常に精緻。完全に彼自身そのもののありようと重なるね。それから、坂本さんが自分の作業に没入していくそのありかたには、本当に心を引きつけるものがあった。実は『ボーンズ アンド オール』の音楽も坂本さんに頼もうと思っていたんだ。当時、彼は体調がすぐれず、丁重なお断りを受けたけどね。一緒に映画をつくれたらどれだけよかったか。
毎日彼のことを考えているよ
——坂本さんとの交流のなかで印象に残っていることは?
ルカ
すべてだよ。彼の知性、芸術、魂、優しさ、そして物事に対する深い関心。そのすべて。坂本さんは興味をもって僕に接してくれた。深いレベルで人の話を聞くことのできる人だったね。僕はただただ彼のことが恋しいよ。彼がつくる芸術もね。
僕は今でも彼の音楽を使い続けているんだ。ジュリア・ロバーツを主演に撮った新作『After the Hunt』でも数曲使わせてもらってるよ。
——坂本さんや彼の作品から影響を受けたことがあれば教えてください。
ルカ
影響は絶えず受けているよ。彼の芸術にあるアイロニーは大好きだね。彼の作品にはすばらしいアイロニーがありながらも、同時に冷たくなく、とても温かいんだ。それから、彼の音楽に見られる「宙吊り」の感覚も常に意識しているよ。
だけど、僕にとっていちばん強く響いたのは坂本さん自身の存在だね。坂本さんは芸術の証し、ひとりの人間がいかに完全なかたちで芸術的でありうるかを示す存在だから。際立っているのは、なにより彼自身なんだ。願わくば、俳優として彼を演出してみたかったね。
——あなたにとって坂本龍一はどんな存在でしたか?
ルカ
僕にとって坂本さんは、芸術的なエル・ドラド(理想郷)と言えるような存在だった。この世のものとは思えない偉大さを感じさせる何かが彼にはあるんだ。謙虚さ、深い優雅さ、そして芸術に対する反骨精神、これらすべてが坂本さんのなかで統合されている。これらの資質をひとりの人間が持ち合わせることは滅多にないことだよ。坂本龍一は、僕の人生で出会ったなかで最も稀有な人物のひとりだと思う。毎日彼のことが恋しいし、毎日彼のことを考えているよ。
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