長井短が考える“結婚”。「恋心に素直になることは、少し淋しい」

恋愛のゴールは必ずしも結婚ではない一方で、女優の長井短さんは結婚後もアツアツな日々を送っている。恋が感情のやりとりとすれば、結婚は制度。この2つのあいだにあるものとは。

Edit: Asuka Ochi

夏にはテレビアニメを一気見するっていうのが私の毎年のルーティーンで、今年はいつにも増して夏らしいことができないからこれでもかってくらいに夏を感じられるアニメを見ることにした。『涼宮ハルヒの憂鬱』である。この作品の何が夏って、8週間にわたって放送された「エンドレスエイト」(*1)だ。

主人公のハルヒが「夏休み終わらないでほしい」と思うせいで、世界は2020年8月17日から8月31日までの2週間を1万回以上繰り返す羽目になる。1万回って……。8回ほぼ同じ展開を見せられるだけで苦痛なのに1万回なんて地獄だ。おかげで、夏なのに海に行けないことも、お祭りがないことも、そこまで悲しくならずに済んだ。

この、伝説の8週同じ物語放送アニメ『涼宮ハルヒの憂鬱』は、2009年に放送された作品で、当時私は高校生だった。あの頃の私はハルヒを見て「可愛いな」という感想はそこまで抱かなくて、どうしてかってとにかくハルヒは我が儘で仕切りたがりだから。横暴すぎるハルヒのコミュニケーションに、何ならちょっと引いてたかもしれない。

でも、26歳の今再びハルヒを見たら、もう可愛くて可愛くて死にかけた。それは、ハルヒの横暴さの根元は全部好きの裏返しであることが今の私には痛いほどわかるからで、好きな人に素直になれないから暴力でコミュニケーションを取るしかないっていう、その幼さが、もうたまらないのである。

思い返せば私もハルヒだった。高校時代、恋をした先輩に全然話しかけられなくて、でも話しかけたくて、仕方ないから超デカい声で空間に話しかけていたあの頃。2人で散歩した公園で、めちゃくちゃ緊張してるくせに、バレたくないからデカい声で「なんか~え?恋人はいるんでしたっけ?」ってすっとぼけながら質問したり、髪の毛が風に吹かれて彼に触れたことが、わざとだと思われたら恥ずかしいからボサボサのまま過ごしたり。

素直になることなんて絶対に無理で、でも気持ちは溢れていて、気持ちと逆の方法でしか発散できなかった16歳の私はたぶんめちゃくちゃガサツだったけれど、今はない輝きを持っていたような気がして、ハルヒを見たらそんな自分が恋しくなってしまった。

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「素直になろう」と教わって生きてきた。恋愛の教科書には大抵、素直になることがいかに大切かが懇々と書かれているし、実際素直になることって恋を成功させるための近道なんだと思う。でも、素直って、少し淋しい。

伝えることができる気持ちは、川のように流れるから息が詰まらないけれど、伝えられない気持ちは溢れかえって私の呼吸を乱す。深呼吸できる時と、できない時を比べると、できない時の方が私の心臓は運動していて、生きているって感じがする。

昔カメラマンに「苦しい姿勢が一番素敵に映るよ」と言われたことがあって、私は今でもこの言葉を信じて仕事をしているんだけど、この苦しい姿勢っていうのも、心臓がよく運動している状態だ。運動には私達を輝かせる力があるのかもしれない。そう思うと、素直でいられるリラックス状態が、やっぱり何だか淋しくなってしまうのだ。

亀島くん(*2)のことがめちゃくちゃ好きで、今すぐ会って好きって言いたいけれどそんなことはできないからGoogleの画像検索であらゆる亀島くんを見つめて歯軋りしていたあの夜の、不健康なまでの不自由さが、時々恋しくなってしまう。マジで馬鹿みたいだしキモいんだけど、検索画面を穴が開くほど見つめながら「無理……かっこいい……」って家で地団駄踏んでたあの頃の私には、ハルヒみたいに世界を変えられるエネルギーがあった気がしちゃうのだ。

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結婚をした今、私は好きな時に好きな角度から立体の亀島くんを見つめられるし、いくらでも好きって言えるし、我慢せずに素直に何でもお喋りできるけれど、夏休みを1万回繰り返すことができるだろうか。愛情は変わらずに満ち満ちているけれど、素直になれているおかげで溢れる前に亀島くんにエネルギーが渡ってしまう。

幸せだけど何か足りない。結婚したって、亀島くんへの度を超えた愛情によって世界を変えちゃいたいっていう幼稚な願望が、ハルヒのせいでどんどん私の中に芽生えていって、生まれたものは消せないから、どうにかこの欲望を叶えたいと思う。それにはまず、エネルギーの充填が必要で、私は自分から亀島くんを取り上げてみる。

好きだとバレたら死ぬつもりで生活を送り始めると、すぐに体がストレスを感じ始める。目が合うと好きだとバレて死ぬので、家の中で亀島くんを盗み見るようになって、本当はちゃんと目と目があって笑い合いたいのにそれができないもどかしさで息が詰まる。

家の中でソワソワしている私に、「どうしたの?」と聞いてくれる亀島くんに「好きで」と言いたいけど死ぬから言えない。あぁ、なんだこの生活……!なんて不自由なんだろう。なのにどうしてこんなに楽しいんだろう。伝えられない「好き」の2文字が出口を探して私の体の中を暴れ回る。心臓の運動が激しくなる。これだ。タイムリープの気配がしてきて、このまま素直にならずに居続ければ、私たちは1万回今年の夏を繰り返せる気がする。

盛り上がってきたから勢いに乗って亀島くんを見るとバチンと目があって、目が覚めた。「好き」と言うと「好き」と返ってきて、SFは遠くへ消えてしまった。でも、これでいいのだ。世界が変わる非日常より、日常の亀島一徳。高鳴る心臓より、毎日の亀島一徳。素直になれない興奮で世界を変えることよりも、素直な生活を二人で送りたい。そうはいっても世界を変えたい日もあるから、そんな時はまた素直になるのをやめてみようと思う。

好きな人に好きだと言えない贅沢な遊びを覚えた私はまたひとつ大人になった。

(*1):ストーリーは同じで、細部だけが変化する話を、8話・8週にわたり放送し、大きな反響を生んだ『涼宮ハルヒの憂鬱』アニメ版のエピソード。
(*2):劇団ロロ所属の俳優で、長井短の夫、亀島一徳のこと。2019年5月に結婚。SNSに無表情の2ショット写真を投稿して、結婚を報告した。

私の「恋の、答え。」

「舞城王太郎の『キミトピア』は、前書きを読んだ瞬間に、好きな人の顔が浮かび上がる本です」。