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知られざるルイ・ヴィトンの生涯。〈ファッセタズム〉落合宏理が引き込まれたピュアで不器用な人間の物語

人生を切り拓こうと、ある一人の少年が最初の一歩を踏み出したのは、わずか14歳の時。故郷であるフランス・ジュラの方言で「頑固者」を意味するヴィトンという名前だけを背負って生家を飛び出した。一銭も持たず、ぼろぼろの木靴で森をさまよい、足に血を滲ませて彼はパリを目指す。

Photo: Jun Nakagawa / Text: Yoshikatsu Yamato

ルイ・ヴィトンの生誕200年を記念してフランスの小説家、キャロリーヌ・ボングランが書き下ろした小説は、メゾンのルーツに迫る物語だ。

同じくもの作りに携わる〈ファセッタズム〉のデザイナー・落合宏理さんは、偉大なる創業者の人生をどう読んだのだろう?

「〈ルイ・ヴィトン〉といえば、その名を誰もが知っている一流のブランド。僕にとっては洗練されているイメージが強くて、本を読む前は堅苦しい伝記小説なのだろうと身構えました。でも、全くそうではなかった。

栄光を自慢するような文章は少しも書かれていないし、何かが始まる前の予感と純粋な期待に溢れた美しい小説で、とても感動しました」 

ルイは木を扱う職人たちとの出会いを繰り返しながら、生きる術を自然に習得していく。パリで荷造り職人として活躍するルイの成長譚を読み進めるうちに、落合さんはファッションデザイナーとしての自身を何度も問い直したという。

「荷造り職人は、お客のプライベートな空間に身を置いて持ち物を梱包する、今はなき仕事です。彼は当時の皇后とも親密に関わり、技術を追求し、人生の悲喜こもごもに寄り添って信頼関係を築いていきます。ただものを作り出すのではなく、お客の生きざまに関わっていく。
そして彼は家族への愛も深い。彼はどんな時も誠実なんです。彼と比べて、自分はここができていない、これもできていないと何度も反省しました(笑)」

物語の舞台は1800年代のフランス。現代とはリンクしない出来事やモチーフに出会えるのが時代背景の異なる物語を読む醍醐味だと言えるが、小説に通底しているのは、時代が変わっても受け継がれているメゾンのスピリットだ。

ファッションデザイナー・落合宏理

「僕は、2016年に(親会社が主宰する)LVMHプライズのファイナリストに選出していただきました。その時に出会った関係者の方々は、とても温かくて、クリエイターへのリスペクトに満ちていた。現代にも継承されるもの作りへの情熱は、創業者の生涯が礎になっているのだろうと想像できました。

そうした精神的なつながりだけではなく、今も販売されている“ワードローブ”というトランクなど、彼のクリエイションが直接現代につながっていると実感できるのも、読んでいてワクワクします。

でも、そんな彼が、必ずしも常にスマートな人物ではないというギャップも面白かった。真面目であるがゆえに悩んでいる姿はチャーミングで、等身大の一人の男性。応援したくなったし、彼の前進する力に励まされる場面も多かったです」

生々しく描かれるパリの情景

落合さんが興味深く読んだのは、本筋となるルイ・ヴィトンの歩みだけではない。
モンマルトルの丘や、凱旋門など、具体的に記された町のシンボルに、コレクションのたびに足を運んだパリの情景がありありと目に浮かんだ。決して綺麗なだけではない、町の複雑な活気もまた感じ取ることができた。

「この本は、サクセスストーリーには違いないのですが、彼が娼婦に人生相談をしたり、キャバレーといった“夜の世界”へ踏み込んでいくシーンもあって。物語の至るところで垣間見えるユーモラスな人間模様が笑えるんです。
そんな逸話も含めて小説を出版したメゾンに、改めて粋なセンスを感じましたね。

ストーリーの周辺にうごめく、パリ市民の貧困の現場や、生々しい生活の様子も読み応えがあります。“死”が身近な時代では、愛に対する感情の振れ幅は、きっと大きかったのではないかと想像します。愛すること、あるいは、愛されなかったことに対して、僕らよりもはるかに感情が動いていた。

この小説をコロナ禍という逆境の時代に読んだからこそ、ルイの厳しい旅路とも重なって、僕の心に響いたのかもしれません。クリエイターに限らず、今の時代を生きる誰もが勇気をもらえる本だと思います」