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映画『ロストケア』前田哲とLiLiCoが考える、スウェーデンと日本の高齢化社会

正しさとは何か。人の命を裁く権利が人にはあるのか。家族の介護で孤立してしまう問題など、あらゆることを考えさせられる映画『ロストケア』。高齢化の進む社会、どう過ごしたらいいのか。前田哲監督とLiLiCoさんに語ってもらいました。

photo: Satoshi Nagare / text: Tomoko Kurose

他者への想像力を持ち、声をかけ合って

LiLiCo

『ロストケア』は「2023年のベストを早々に観ちゃったかも⁉」と思ったくらい衝撃的でした。認知症や介護というリアルな社会課題をテーマにしながら、ちゃんとエンターテインメントになっている。正論を語っていたはずの検事が、殺人犯と対峙することで、自ら逃げていた現実を突きつけられます。鏡を使い、人間の多面性を表現しているところも好きでした。

前田哲

ありがとうございます。僕は10年前に葉真中さんの原作に出会って衝撃を受けて、殺人犯 vs. 検事のディベートを通して日本が抱える問題を炙り出したいと思いました。

LiLiCo

松山ケンイチさんと長澤まさみさんが対峙するお芝居には引き込まれましたね。日本って、どうしても白黒つけようとするけれど、グレーって一番大事だと思うんですよ。自分とは違う意見に「あり得ない」と頭から否定する人がいますが、相容れない考えを持つ人、信じられないような行動を起こす人も世の中にはいます。私はニュースを見ても、他人事とは思わないんです。自分にも起きるかもしれないという想像力を持って生きている。すると逆説的に、今日もまあまあ元気に過ごせたことにありがたみを感じられます。

前田

素晴らしい想像力ですね。世の中には答えのない問題がたくさんあります。立場や考え方の違う人とは対話をし続けるしかないですよね。考え続けることで、何かしら少しでも改善策を見出せるかもしれない。

スウェーデンの高齢者は元気

LiLiCo

スウェーデンはほとんどの人が持ち家で、2世帯住宅に住んでいる高齢者が多いんです。あとね、びっくりするくらいみんな元気。私は18歳のときに日本に来て、祖母と暮らし始めたけど、今スウェーデンの近所の人たちに会うと、34年も本当に経ってる?と思うくらい印象が変わらないんです(笑)。ピンクの服を着ていたりね。

前田

あはは。いいですね!

LiLiCo

フィーカという、コーヒーと甘いものをとりながらみんなで談笑する文化があって、その日に来なかった人がいると、みんなが気にかけるので、あまり孤立しないんですよね。

前田

僕の地元は大阪ですが、昔から近所付き合いはあって、今もホームに入っている母を近所の人が訪れてくれたりしています。

LiLiCo

孤立するかどうかは、住む地域に大きく関わりますよね。私はスウェーデンと葛飾のミックス。日本に来た当時の葛飾は、祖母の具合が悪くなったら、隣のおばちゃんが飛んできてくれた。ピンポンも押さずに他人の家に上がるような近しい関係がありました。だから、今、挨拶禁止のマンションがあるという話を聞くとショックです。これだけ自然災害の多い国で、近隣で助け合わなければいけないのに、大丈夫なのかなって。

前田

確かにね。

LiLiCo

あと、日本は老後というと、誰が面倒を見るかをまず考えるけど、スウェーデンでは、たとえ老人ホームに入ったとしても、「これから何ができるか」という発想になります。誰もが絶対に年をとるのだから、どうすれば気持ちよく過ごせるのか、100歳になったときにどうありたいか、健康管理も含めて、早いうちから自分で考えておいた方がいいですよね。

前田

今の日本は世知辛いですからね。みんな元は何もできなかった赤ん坊だったということを忘れずにいれば、他者に対してももう少し優しくなれる気がします。先日、バスに乗ったら、運転手さんがバス停に止まるたびに「行ってらっしゃい!」と声をかけていたんですよ。

LiLiCo

素敵ー!

前田

そうしたら、ある子供が「行ってきます!」と元気に応えて降りていった。バスの中が、ふわーっと温かい空気に包まれました。僕も仕事、頑張ろうと思えた。物語には、絶望のなかにも希望を見出せる力があります。観た人がふとそんな優しい気持ちになれるような映画を、これからも撮っていきたいと思いますね。