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ロゴとスポーツとバズ。あらゆるところに、スポンサー企業のロゴは入りこんでいる

ユニフォームの胸や背中、あるいは袖のあたり。またはグラウンドの周辺やスタジアムのサイネージ。多くのスポーツのあらゆるところに、スポンサー企業のロゴは入りこんでいる。今では見慣れた光景だが、これも1980年代あたりから始まったスポーツのマーケティングのひとつで、古典的な方法といってもいいかもしれない。時代が下るにつれて、ますます洗練されている。

Text: Satoshi Taguchi

無帽のスターゴルファーが
ニュースになった

東京オリンピックのゴルフ競技で、ひとりのアスリートの服装が話題になった。アイルランド代表のプロゴルファー、ローリー・マキロイだ。強い日差しと蒸し暑さに多くの選手が手を焼いているのに、彼はなぜだか帽子すら被らない。もしやフロリダ住まいで暑いのが好き?いやまさか。PGAツアーでは、スウッシュマークが入ったキャップがトレードマークになっている。

「NIKEとの契約で、他メーカーのキャップは身につけられないのでは?」

訳知り顔のファンたちはこんなコメントをSNSやニュースサイトで残していった。メジャー大会を4度制し、PGAツアーも19勝。大のつくスターゴルファーであり、10年で1億ドルとも伝えられるウエアの契約を結んでいる(さらに用具ではテーラーメイドと10年で1億ドル)。しかし五輪のアイルランド代表チームのウエアはadidasが提供。スポンサーへの配慮から熱暑対策もままならないのだとしたら、これもまたスポーツのエクストリームな商業化の弊害だ。

しかし実際のところは違ったようで彼のTwitterによると、「僕の頭はエンドウ豆みたいに小さくて、帽子は大きすぎたんだよ!」とのこと。普段のツアーで被っているキャップは、彼の頭にフィットするサイズでNIKEにカスタムしてもらっていたらしい。

東京五輪のゴルフ競技は関東屈指の名門コース、霞ヶ関カンツリー倶楽部で行われた。照りつける日差しの中、帽子も被らずにプレーしたローリー・マキロイは銅メダルを懸けたプレーオフで惜しくも敗退。「お金のためにプレーするのではない、古き良き時代に戻った気分だよ」と晴れやかに語っていた。
Photo By Ramsey Cardy/Sportsfile via Getty Image

なぜこんなことが騒ぎになりかけたかといえば、世界的な人気を集めるアスリートは、もれなく広告塔という側面があることも周知の事実だからだ。アメリカの経済誌『フォーブス』では毎年、アスリートの長者番付を発表するが、そのランカーたちの収入は、競技による賞金や所属クラブからの報酬よりも、場合によってはスポンサーシップによるものが大であることを明らかにしている(個人スポーツは特に)。

例えば大坂なおみは2021年度のランキングで、女性アスリートの記録を更新し(アスリート全体では世界で12位)、賞金は500万ドル、スポンサーシップで5500万ドルを稼いだと記事にはある。つまり年間で70億円近くの金額が動き、その9割がスポンサーシップだったということだ。

20歳で全米オープンを制し、2019年には全豪も優勝してアジア人初となる世界ランク1位を記録。さらに去年と今年で全米と全豪を1つずつ勝っている。大坂なおみはハードコートでの強さ、アスリートとしての個性と美しさだけでなく、SNSなどを通じた、世界に与える影響力もマッシブ。今年から〈Louis Vuitton〉のアンバサダーに就任したのも納得です。
Photo: Louis Vuitton

スポーツマーケティングへの専門的な知見をもち、アジア発の格闘技団体ONE Championshipの日本法人の社長やJリーグの特任理事でもある秦英之氏は言う。

「シニア戦略アドバイザーとして僕も関わっているYouGovSportでは、継続的にさまざまなアスリートやスポーツイベントに関する調査をオンラインで行いデータを蓄積しています。そこからわかるのは影響力とトレンド。日本のプロ野球やJリーグと比べても、彼女に関するポジティブなバズがいかに大きいかがわかります。

かつてのマーケティングは、人気のあるクラブやアスリートにスポンサードし、企業のロゴを露出すればほとんど目的は達成されていました。しかし現在はさらに効果的に、アクティベートする方法が模索されています。

スポンサードするアスリートの話題性が高まったところで、企業との親和性の高いコンテンツを拡散させたり、あえてバズを作りにいったり。そのためには、実際に今起きている傾向を知る必要がある。どの世代がどう見ているか、ターゲットにどう訴求し、自分たちのビジネスに繋げていくか。すでに一部の企業は緻密に活用しています」

「YouGovSport」はオンラインアンケートによってデータを集計。先進のスポーツマーケティングに役立てられている。こちらは2020年12月から21年8月までの国内を対象とした「ポジティブバズ」をグラフ化したもの。全豪を制した頃の大坂なおみ選手(ピンク線)のインパクトの大きさがわかる。今春以降、大谷翔平選手(オレンジ線)がいかに好印象をもたれてきたかも一目瞭然。
資料提供:YouGovSport
こちらは認知度や話題性そのものをグラフ化したもの。昨年末からの東京五輪に対する国民的な注目度の高さ(ポジ/ネガを問わず)を示している。一方で、Jリーグ(薄グリーン線)とプロ野球(ブルー線)の安定感というか、波の少なさも象徴的。選手個人ではなくリーグとしての話題性なので単純に比べることはできないが、コアなファン層に加えて、いかにライトなファンを得られるかが課題なのかもしれない。
資料提供:YouGovSport
こちらは「応援をしている/したいと考えている」選手やリーグ、大会のトレンドをグラフ化したもの。認知や話題性、好感度に加えて「応援」という行動が伴うため、より高い訴求性や期待感、親しみやすさの傾向がわかる。大量かつ緻密なデータをもとにして、スポーツとマーケティングはますます結びついていく。
資料提供:YouGovSport

先進のスポーツに、
翼を授けよう

このほかにも例えばオーストリアの飲料メーカー、Red Bullは独特な関係性を結んでいる。あえてニッチな新進の競技をスポンサードし、というかイベントごと主催もし、映像や写真といったコンテンツも自社で手がけることで、熱狂的なスモールコミュニティをサポート。そしてその競技やコミュニティの成長とともに、エナジードリンクの市場も開拓していった。2000年代にスポーツのマーケティングに進出して以降(それまではクラブや音楽イベントだった)、この方針を継続。というかますます洗練させ、2019年時点で世界で75億本以上を売り上げるまでに急成長した。

かくしてスポーツとロゴはますます深く結びつく。その結果として競技が発達したり、アスリートが夢のある仕事になるのは良きことなのだろう。ただしかし。あの五輪の霞ヶ関カンツリー倶楽部で、ロゴにも帽子にも縛られることなくプレーをしたマキロイが、なんだかとても清々しく見えたのも事実ではあったりする。ちょっと眩しそうだったけど。