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編集者・末井昭×写真家・植本一子。日常のひずみを垣間見る文学

著書『かなわない』で、夫がいる身で恋をする顛末など、赤裸々な日記を綴った植本一子さん。片や母親のダイナマイト心中、ギャンブル、ダブル不倫など、自身の壮絶人生を淡々とウェブ日記上で語ってきた末井昭さん(後日『絶対毎日スエイ日記』として出版)。新旧アブナイ日記作家が語る、日記本の中毒性と危険性、そして救いとは?

photo: Kasane Nogawa / text: Yuriko Kobayashi

“ノートリミングの世界”にこそ、
本当の面白さが潜んでいる。

植本一子

そもそも末井さんが日記を書き始めたのはどうしてなんですか?

末井昭

僕は1999年から2000年にかけてすごく落ち込んでたんですよ。借金が半端じゃなくあったんで(笑)。あとは奥さんが鬱に入った時期で、「生きててもなんにも面白くない」とか朝起きて突然言うわけ。エッ⁉みたいな(笑)。

ちょうどその頃、赤瀬川原平さんの『ゼロ発信』っていう新聞小説が始まったんだけど、よく読むとこれ、日記なんだよね。

植本

新聞小説で日記ですか!

末井

夫婦喧嘩してるとことか出てくるんだけど、それがリアルタイムで面白い。で思い立って、会社のブログで日記を始めたんだけど、それから少し気持ちが楽になったんですよ。

植本

楽になるっていうのは同感です。育児の行き詰まった毎日を書きながら、同じような人がどっかにいると思えたし、反響があるほど楽になりました。

末井

昨日の面白かったですよとか言われると、自分の窓が開いていくような気がするんだよね。もっと頑張って書こう!とか。あと、行き詰まってる時も、どこか客観的な目が入ってくる。夫婦喧嘩中でもこれをどうやって書こうかと思うと楽になったりして。僕なんか、喧嘩して奥さんがわーって泣いてる時も写真撮ってる。するとちょっと雰囲気が変わるんですよね。

植本

「窓が開く」っていう感覚、私もあります。日記を書きだすと、普段目に入ってこなかったことが見えるようになるんですよ。第三の目がここ(額を指差して)に開くんです、パカーッて。だからヘンなものまで見たり、ヘンな感じ方をするようになる。

末井

僕は普段絶対行かないようなところに行っちゃったりもするな。

植本

私が一番影響を受けたのは夫である、ラッパーのECDこと石田さんの『ECDIARY』なんです。出版社の依頼で書いたものなんですけど、書き始めると日常に面白いことが次々と起こるんです。

家に帰ったら知らない男が部屋に正座してたとか。まあ、いろいろあったあとでお引き取り願ったんですけど、あり得ないでしょ(笑)。ああ、日記を書くとヘンなものを引き寄せちゃうんだなっていうのをすごい感じました。それも感じ方とか見方が変わるせいなのかもなと思ったり。

末井

僕は武田百合子さんが好きなんだけど、『日日雑記』は観察する視点が際立ってる。ものの見方がシニカルなんですよ。例えば国会図書館に行った話があるんだけど、当時の図書館の人がお役所的な対応であることに関して、観察しながら延々と書いてる。

植本

用紙への書き入れ方が間違ってると注意され、何か質問すると実に面倒臭そうなイヤな顔になる、とか。細かいところまでよく覚えてますね(笑)。

末井

それと彼女の日常にはうっすら死の匂いがする。娘さんとアメ横近くで食事する場面、セット料理の見本を見ながら、「あの世にはこんなにぎやかさはないだろう」みたいな発想をする。そういう時に内面が出るわけ。

植本

日記から漂う死の匂いって、小説のそれとは全然違いますからね。

末井

僕は年のせいかもしれないけど、死ってものがあるとなんとなく読みたくなる。『自殺直前日記』は山田花子さんという漫画家の日記で、24歳で飛び降り自殺しちゃった。

これが異色なのは、本人が発表するつもりなく書いてたものが、死後親族によって発表されてるってことなんですよ。バイト先の店長にセックスを強要されて、パンツの中に手を入れられたなんてことも書いてある。最後はだいぶ病んじゃって、よくわかんないんだけど。

植本

誰にも見せるつもりがないだけにより赤裸々というか……スゴイです。

末井

こういうの僕なんかはジーンとしちゃうんですよ。僕自身が世の中を否定的に見てるというか、調子よく生きてる人たちを鈍感だと思っているようなところがあるから。生きづらくて死んでいく人たちにある種のシンパシーがあるんです。励まされるというか。

植本

死んだ側の人からですか?

末井

そういうところもあるのかもしれないなって。自殺自体を肯定はしていないんだけど、死んでいった人の感性は尊重したいと思ってるんです。

植本

私は読むとけっこう食らっちゃうんですが……。でも自分は生きて戦わなければ!って思います。

人の心をざわつかせる
“トリミング前”の現実。

末井

益田ミリさんの『すーちゃん』は漫画ですよね。さっそく読んでみたけど、すごくよかったなあ。

植本

すーちゃん(30代/独身/カフェ勤務)のほんわかした日常かと思いきや、ビンビンくるんです。

末井

日々の中でふと思うことだけど、すぐ逃げていっちゃう気持ちみたいなものをすくってるところがいいよね。

植本

そうなんですよっ!女の人の内面がよく描かれてる。信用できる本。

末井

すーちゃんと同じ年の友達が、上司に嫌みみたいなことを言われるじゃない。「僕が君の年齢の頃はもう結婚してたな」とか。何も考えてないんだろうけど言われる方は嫌だろうな。

植本

こういう感情って、流したい。持ってると疲れるから。だからこうして描いてもらえると安心するんです。あ、同じ人がいるって。私もどうしても流せない言葉ってあって、それを日記に書くわけですけど、正直に書くと怖い人と思われるんですよね(笑)。

末井

たしかにそういう感性を持った人は危険ですよ。その人が書いたものを読むと、当たり前の日常がざわざわし始めるから。でも正直な人って怖くないんですよ。本当に怖いのは隠す人。

植本

今ってSNSで誰でも日記を公開できるけど、必ずしもそれが正直なものとは限らない。みんなトリミングしてきれいに見せようとしちゃう。

そういう意味で高山なおみさんの日記がすごく好きなんです。『チクタク食卓』は毎日の食卓の写真日記ですけど、超有名な料理家なのに、家の料理がけっこうラフでそれが逆に安心する。

末井

確かに写真もブレブレだ(笑)。

植本

この普通に撮っている感じがいいんですよ!今はインスタとか、おしゃれにトリミングして撮れるじゃないですか。そういう感じが一切ない。日記を書くにあたって、こういうところにも影響を受けたかもしれません。

末井

余計な部分をカットしていない。

植本

そう。そこが面白かったりするんです。きれいにトリミングしちゃったら全然つまんない。

末井

きっとそういう部分に読んでる人が反応するんですよ。僕も暗い話とか喧嘩した話とか喜ばれますもん。毎日幸せですよとかって書くよりもね。

植本

ドタバタした育児日記を書いてると、「私は植本さんみたいなお母さんにならなくてよかった」みたいなメールが来たりします(笑)。その人の何かに触れちゃったんでしょうね。

末井

僕の方は突然「自殺します」っていうメールが来たりします……。

植本

正直に書くとそういうことも多々あるし、書く方もつらい。でもやっぱり全部が本当のことだから、いろんな人がいて、いろんな人生があるんだなって思えるんです。実際私もそうやって励まされてきましたし。

末井

植本さんもそうかもしれないけど、悩んでる時は自分のことでも、公開するとそれを読んでる人の関心事にもなっていくでしょ。日記の面白さってそこにもあるんじゃないかな。

編集者・末井昭、写真家・植本一子