ロサンゼルスを拠点に活動する電子音楽家・ローレル・ヘイロー。クラシックをルーツに持ち、ジャンルを横断する実験的な表現が、世界的に高く評価されている。坂本龍一が自身の葬儀のプレイリスト「Funeral」のフィナーレに彼女の曲を選ぶほど、その才能を認めていたことも話題になった。InstagramのDMでコミュニケーションをとっていたというが、気になるやり取りの一部から、インスピレーションを刺激する作品についてまで語る。
2人を繋いだDMのやりとり
──坂本さんの音楽との最初の出合いは?
ローレル・ヘイロー
YMO(イエロー・マジック・オーケストラ)としての作品がきっかけです。それから映画のサウンドトラック、アンビエント、ピアノ作品を掘り下げていきました。
──どのようにして交流が始まったのでしょうか?
ローレル
数年前に、坂本さんが私の初期の作品『Raw Silk Uncut Wood』を話題にしていたという話を聞きつけて、思い切ってInstagramでDMを送ったんです。闘病中ということは知っていたので、お見舞いのメッセージとともに、回復したらコラボレーションするのが夢だということも伝えました。
──印象的だったメッセージは?
ローレル
「回復したら一緒に音楽を作りたいアーティストの筆頭株だ」と言ってくれたのが嬉しかったです。その半年後に訃報のニュースを知って、それきりになってしまったのですが。困難な病と向き合った彼の寛大な精神性に感銘を受けました。その懐の深さは、過去の作品を通してリスナーも感じることができると思います。
──坂本さんは自身の葬儀のプレイリスト「Funeral」の最終曲にあなたの「Breath」を選んでいますね。
ローレル
少しショックを受けました。小さな身振り(ジェスチャー)ではありますが、力強いものに感じたというか。特に最後の曲であり「Breath」という曲名であることから、彼らしいユーモアがあったのかもしれませんね。光栄に思うと同時に、もうこれ以上何もできないのだという寂しさも感じました。
彼の人生との短い出会いをきっかけに、もっと真剣に、誠実に音楽に向き合いたいと背筋が伸びました。

ピアノ作品が語りかけてくるもの
──坂本さんの作品のなかで、最も心に響くものは?
ローレル
彼のピアノ曲はアイデアの純度の高さと力強さがあり、特に魅了されます。私の偏った意見を言わせてもらえるなら、ピアノ作品からぜひ聴いてみてほしい。
今振り返ると、DMのやりとりをしていた当時に『Opus』をレコーディングしていたなんてまったく想像もできませんでした。肉体的な努力を重ね、ただ音楽を吐き出すために痛みと闘っているのがはっきりとわかる美しい作品です。
なかでも「Lack of Love」と「for Jóhann」は、配信で見て涙が溢れました。『Playing The Piano』の「amore」と「mizu no naka no bagatelle」もお気に入りです。
坂本龍一、生前最後のピアノ・ソロ・コンサートの音源。なかでもローレルのおすすめは、「Lack of Love」と「for Jóhann」。「ライブ映像に涙しました。ピアノ曲は、音楽的アイデアの純度の高さと力強さが心に響きます」
──ピアノ作品の魅力をもう少し教えてください。
ローレル
坂本さんの奏でるハーモニーや曲の展開はシンプルでピュア、そしてエレガントさが特徴的です。さらに、ロマンティックでいて大胆な魅力に溢れている。心を痛めるハーモニーやメロディーがありますが、悲しみのなかにも希望を併せもち、正直で感情豊か。聴いていると、向こうから慰めを与えてくれるかのような感覚を得るというか。
もっと言うと「時がすべての傷を癒やす」という言葉を音で表現しているかのようですよね。ポップ・ソングを作りながら、オペラを書き、アンビエントからピアノ・ソロ作品までを手がけた坂本さんは、まさに“音の探検家(ソニック・エクスプロラー)”です。
──坂本さんから影響を受けたことは?
ローレル
坂本さんの正確さ、ニュアンス、奥深さにインスピレーションを得ることが多いです。映画監督たちが彼の仕事に惹かれる理由もそこにあるのかもしれません。
映画『怪物』のサウンドトラックのスコアは、その完璧な例でした。これについては度々考えを巡らせているのですが、ミニマムな要素だけで、どうしてあれほど多くのことを語ることができるのだろうと思うばかりです。その“明瞭さ”が私の憧れですし、坂本さんの作品を通して刺激を受ける点です。
──あなたにとって坂本龍一とは?
ローレル
熱意と希望。楽観的な探究心。聴き手に対する深い尊敬の念。リスナーに対する深い敬意。とてつもない和音。そして何より、ミュージシャンのなかのミュージシャン。
