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ゴールデンウィークもまだ間に合う。「KYOTOGRAPHIE 2023」の見どころをレポート!

11年目に突入した、世界的な写真展「KYOTOGRAPHIE」が5月14日(日)まで開催中だ。著名な写真家だけではなく、日本では知られていないアフリカの作家を招聘したり、社会派の作品も取り上げるなど、その幅広い作品群と、京都という場所を生かした展示方法に圧倒される。今年スタートした音楽イベント「KYOTOPHONIE」も同時開催中だ。

photo & text: Shoichi Kajino

今年も京都を舞台に開催される国際的な写真の祭典「KYOTOGRAPHIE」が始まった。11回目を迎えた今回は「BORDER(ボーダー)=境界線」というテーマのもと、ユニークな展示が開催されている。

展示される写真はもちろんであるが、古都ならではのロケーションを活かした展示にもこの写真祭の魅力があるように思う。今回も多様な「写真表現」と接することを楽しみながら、京都の町を巡ってみた。

高木由利子

二条城 二の丸御殿 台所・御清所で開催されているのが高木由利子の「PARALLEL WORLD」Presented by DIOR。1980年代からファッション・フォトグラファーとして活躍してきた彼女は、衣服と人体の関係に着目し、かねてより撮り続けてきた民族衣装を纏った人々と、最新の〈ディオール〉のオートクチュールの撮り下ろしを含むファッション・フォトグラフィーのアーカイヴが空間をまたがるようにしてパラレルに展示されている。天井高のある空間を活かして展示された特大サイズのデジタルプリントから、和紙や、自ら塗った漆喰へのプリントまで、田根剛による空間設計とともに、その展示のスケールに圧倒される。

高木由利子「PARALLEL WORLD」
高木由利子「PARALLEL WORLD」
会場:二条城・二の丸御殿
高木由利子
写真家の高木由利子。二条城での展示のスケール感に圧倒される。

ココ・カピタン

ロンドンとマヨルカ島をベースに活動するココ・カピタン。ラグジュアリー・ブランドとのコラボレーションをはじめ自らファッション・アイコンとしても知られる彼女は、今回展示される作品制作のために昨年の秋から2カ月間、京都に滞在し、この町の若者のリアルを写したという。「Ookini」と題された一連のシリーズでは、京都ならではの伝統的職業を継ぐ若者や、吹奏楽部の面々、スケートボードを楽しむチームなどを様々なフォーマットで撮影している。ココ特有のぬめっとした厚塗りのカラー表現で生々しく写し撮られる青春。中でも大西清右衛門美術館で展示されている釜師を継ぐ大西少年と仕事道具にフォーカスした展示にはその濃厚な世界観をにじませている。

ジョアナ・シュマリ

今回、アーティスト・イン・レジデンスとして京都に滞在して作品を作ったもう一人のフォトグラファー、アーティストがコートジボワールからのゲスト、ジョアナ・シュマリ。平面的な写真にカラフルな刺繍を施したり、何枚もの薄い布をレイヤードしていくというような奇抜な発想と手法で、写真表現の次元をあげようとする試みがなんとも斬新に映る。建仁寺の両足院では、毎朝夜明けの町を歩き、観察し、キャプチャーした写真に加工を加え、ファンタジックな絵画のようなムードの作品が並んでいる。また、彼女が滞在していた出町柳商店街のアーケードとKYOTOGRAPHIEのパーマネントスペース「DELTA」には、故郷コートジボワールと出町桝形商店街の遥かな時空を超えた繋がりを感じさせる作品群がアーケードのバナーとして彩りを加えていた。

デニス・モリス

ボブ・マーリーやセックス・ピストルズなどを撮影し、レジェンダリーな存在のデニス・モリスは彼が育った60~70年代のイギリスの黒人コミュニティの様子をリアルに捉えた写真、そして被写体のエネルギーを写し込んだポートレートの数々まで、その代表作が贅沢に並んだ展示となっている。今回プレスツアーで巡った際に、会場にご本人がいらして、自らの言葉で作品を解説し案内してくれた。まさか来日されているとは知らなかったので、嬉しいサプライズとなった。会場の一角には白いシーツを垂らし、一灯だけの照明を立てたかつてのホームスタジオを再現するなどの趣向もある。アニエス・ベーのサポートで実現したというキッチュな展示で、カフェも併設した「世界倉庫」にはくつろいだムードが漂っていた。

石内都、頭山ゆう紀

石内都が2人展のパートナーとして指名したのは頭山ゆう紀。石内が母の遺品を写した「Mother’s」の写真と空間を交錯するように、頭山の湿度の高いプリントが並ぶ。友人の死をきっかけとした「境界線13」シリーズとあわせて、祖母が亡くなるまでの介護の日々に撮られた写真だという。祖母の死後、母とも死別することになったという頭山。奇しくもこの展示会場に並ぶ写真の向こうには「消失した3人の女性」がいると石内は話した。はかなくも生の記憶を留めるような装置としての写真は、ずっしりとした厚みを帯びている。

松村和彦

昨年の「KG+SELECT」でグランプリを取った京都新聞の記者、松村和彦の「心の糸」。京都の有形文化財の町家建築の空間をふんだんに使ったこの展示には、認知症という現代の大きなイシューを写真を通じて可視化する試みがある。写真記者であった松村の「写真の果たす役割」を問いかける真摯な姿勢がうかがえる。

セザール・デズフリ

同じく「写真の役割」を考えさせたのはスペイン出身のジャーナリスト、ドキュメント・フォトグラファーのセザール・デズフリが長年追ってきた「Passengers | 越境者」という展示。文字通り命をかけて地中海、国境を超えて祖国からボートで逃げ出す難民の現実。ニュース映像や新聞記事だけでは伝わりきらないその背景と事実を、写真のリアリティとともに伝える活動を続けているセザール。彼の真摯な眼差しが切り取る越境者たち118名のポートレートから、私たちが読み取らなければいけないことは何だろう。

インマ・バレッロ

異色だったのはニューヨーク在住のスペイン人アーティスト、インマ・バレッロ。2019年に京都で金継ぎを学んだ彼女は、新町通にぽっかり空いた町家跡地を京都市内で集めた陶磁器で埋め尽くした。割れた陶磁器を重ねて壁を作り、その奥からはいかにもフラジャイルな音を響かせる映像作品が延々と流れている。このインスタレーションの壁を伝って鑑賞者が歩く折には、足下の陶磁器もまた無惨な音とともにより小さな破片へと姿を変えていく。町家なき古都の空虚な空間に響く音からアーティストの問いかけを読みほどいてほしい。

時にはアートであり、ファッションであり、歴史の一層であり、時には個人的な記憶や記録として、そして真実を伝える武器として、KYOTOGRAPHIEを巡りながら、写真というメディアの自由さを感じさせられるのは毎年のこと。そんな感動、学び、あるいは問いかけられた命題が並行して得られる写真巡りの体験こそがこのフェスティバルの醍醐味かもしれない。

さらに今年からは姉妹イベントとしての音楽祭、KYOTOPHONIEも始まり、京の町の賑わいに拍車をかけている。KYOTOGRAPHIEのディレクターのルシール・レイボーズはCDジャケットを撮影する音楽の仕事をしていた経歴もあり、この期間の京都で生の音が感じられる機会を切望していたのだという。満を持してのスタートとなった第1回のゲストとして迎えたのはワールド・ミュージックの先駆者として知られるサリフ・ケイタ。かつて彼のオフィシャル・カメラとして京都に帯同したこともあるルシールにとっての長年の約束が果たせたのだとか。枯山水の庭にサリフのアフロ・ビートが響くとはあまりに強烈な体験だ。ラインナップをながめてみても、いかにボーダーを越えた音楽祭になるかは想像に難くない。

あらゆる場面で多様性が叫ばれる今だからこそ意識される「BORDER」。そしてコロナ禍も落ち着きをみせ、物理的に、技術的に、そして心理的にも境を越えた新しい世界に突入した今、「BORDER」の意味を頭の片隅において歩いていると、この京都の賑わいに新しい意味を見出せるかもしれない。ボーダーなき混沌に迷い込んでほしい。

KYOTOGRAPHIE展示風景