傷ついた人にそっと寄り添う映画
——本作『君と私』は、本連載の第4回に映像監督のDQMさんにご登場いただいた際にお話を伺って、日本での公開を心待ちにしていました。この映画は冒頭でも言及されていますが、実際にあった「セウォル号沈没事故」(2014年)をテーマにしています。着想のきっかけについて教えてください。
チョ・ヒョンチョル
この映画を構想したのは2016年でした。私自身が事故に遭ったんですが、それを機に死生観がガラリと変わったんです。自分の死だけではなく、周囲の事故や死についても関心を持つようになり、あらゆる物語はすべてつながっているんだと感じるようになりました。その個人的な思いとセウォル号の事故が重なって、「死の前日の高校生の物語」を描いてみようと。
——脚本を書き上げるまでに7年ほどかかったそうですが、その間に観た映画や読んだ本を教えてください。執筆の際の心の支えになったものというか。
ヒョンチョル
もちろんいろんな映画を観たり本を読んだりしました。初期の段階では、10代の若者と死を描いたガス・ヴァン・サントの『パラノイドパーク』のような感じの映画にしたいなと考えたこともありました。でも、何か一本の映画というよりは、子供向けの絵本や童話を何度も繰り返し読んだような気がします。
絵本というのは、何かの痛みや辛い出来事に対して、直接的ではないかもしれませんが、その本質的な意味を伝えてくれるものだと思います。私は、そういう表現を見るたびに、ああ、僕は一人じゃないんだなと勇気づけられる。そうすることで人間は強くなれるし、逆境に耐え得るような力を得るのだと思います。
——物語の台詞(せりふ)についてお伺いします。主人公のセミやハウンをはじめとして女子高生たちの日常のなにげない会話がたくさん登場するのですが。聞いていてちょっと恥ずかしくなるくらいリアルでした。どうやってあのリアルな会話を書いたのでしょう?
ヒョンチョル
ありがとうございます。日本の方にそんな感想を言っていただけるなんて、不思議だし、とても嬉しいです。
この映画の要となるのが、最初と中盤に登場するセミとハウンの対話なんです。実は、どうやったら高校生たちのリアルな日常が見られるかと考え、リサーチも兼ねて塾の講師をしたんです。高校生たちの会話そのものも重要でしたが、話す時のリズム感や抑揚については、かなり神経を使って映画に生かしました。
また、俳優たちの功績もすごく大きい。ドラマでよく見るような子役的な演技にはしたくなかったんですよね。オーディションの際にも、自然なやりとりができる俳優を選びましたし、プリプロダクションの際には、俳優たちに状況だけを伝えて自由に会話をしてもらって、脚本の台詞を書き換えたりもしました。
——次に映像についてお伺いします。監督は「現実と想像のあわい」を表現したかったとお話しされていましたが、DQMさんの映像を観て納得しました。どんな対話をされながら、画面を作っていかれたのでしょうか?
ヒョンチョル
DQMさんとは、とにかく楽しく撮影ができ、対話を重ねていく中で唯一無二の親友になりました。出会ったのは私が俳優として出演した長編映画でした。一緒に仕事はしたものの特に会話を交わすこともありませんでした。
ふとした時に彼女のYouTubeチャンネルを観たんです。それは8㎜で撮影された、海辺の町のお祭りかお祝い事の様子でした。お母さんが歌を歌っている傍らで小さなDQMさんがはしゃいでいる、そんな映像でした。正確に言えば、DQMさんが撮影した映像ではなかったんですが、それを観た時に、彼女に映像をお願いすべきと確信したんです。あの映像のような表現ができたら、と思ったのを覚えています。
撮影前や撮影中にはたくさんの話をしましたが、技術的な内容というよりは、どうでもいいような話ばかりしていたような気がします。でも映画の中には、私という人間やDQMという人間の生い立ちや人生そのものが、染み込んだのではないかと思っています。
——普通の一日の重要性を感じる映画でした。最後に一言お願いします。
ヒョンチョル
この映画は、大変痛ましい事件をテーマにはしていますが、劇中では事件について言及していません。人は、辛い出来事を体験した人たちに、どんな言葉をかけることができるでしょう。何も言えず、目を合わせることもできなくても、ただ黙ってそばにいることはできる。そんな映画になればと思いました。日本の方々の感想が楽しみです。

今の韓国を定点観測するための映画
Movie

セミ(パク・ヘス)は不思議な夢を見て、想いを寄せるハウン(キム・シウン)の元へと走る。修学旅行の前日の女子高生2人の揺れ動く感情を、繊細な映像で描いた作品。監督:チョ・ヒョンチョル/出演:パク・ヘス、キム・シウンほか/撮影:DQM/音楽:OHHYUK / オヒョク/配給:パルコ。渋谷ホワイト シネクイントほかで全国公開中。ⓒ2021 Film Young.inc ALL RIGHTS RESERVED