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「独立系の鬼才」が3.11から10年後の福島の家族を描く。映画『こんな事があった』が公開

東日本大震災から10年後の福島で、震災と原発事故で離散した家族を描き、3.11が何も終わっていないにもかかわらず、終わったように扱われている現在の日本を炙り出す。松井良彦監督の新作映画『こんな事があった』が9月13日に公開される。

text: Shinji Hyogo

映し出すのは、確かに存在している人たちの姿

1988年公開の『追悼のざわめき』は、単館ながら30年を超えて毎年上映されるヒットになった一方で、海外の映画祭に招待されるも、税関で止められるなどの賛否両論を巻き起こした。その監督である松井良彦が撮った映画は、45年以上のキャリアで5作。

その5作目の新作『こんな事があった』は、東日本大震災から10年後の福島を舞台に、震災と原発事故によって離散した家族を描いた映画である。土地の魅力や住民たちに惹かれて、震災前から頻繁に福島に通っていた松井が、3.11の後、瓦礫の町と化した福島を目の当たりにしたのが製作の動機だという。

「やっと交通網が復旧して福島の友人たちと再会した時、僕は、“福島を映画にする”という決意表明をしました。というのも、彼らと会う前にいわきの町を見て回ってたんです。船が畑に打ち上げられていたり、信じられない光景がいっぱいありましてね。

僕自身、阪神・淡路大震災で実家が全壊したもんですから、その経験も思い出して。これはもう表現者として映画にするしかない、完全なるフィクションではなく、事実に基づいたものを根拠に映画にしようと思ったんです」

そのために松井は足繁く福島に通い、200人以上の住民たちに話を訊(き)いた。「原発事故が題材だと、わかりやすく外見的に変化があったものを描く傾向がありますが、人の内面的な変化も描かねばと思い、PTSDの症状について等、お医者さんに取材もしました」

当初は反原発を前面に押し出した映画にするつもりだったが、住民たちと話をするうちに、考えが変わっていく。

「70代の農家の方に、福島から出ようと考えたことはないんでしょうかと訊いたら“我々はここで生まれて、家で採れた野菜で生計を賄ってきた。この土地に育てられたようなもんだから、離れることはできない”と本当につらそうにおっしゃったんです。でも、その方の息子さんは後に千葉に引っ越された。

僕は話を伺ううちに、反原発を前面に出すんじゃなくて、ホームドラマの構成にすることを思いついた。3つの家族の悲哀を震災と原発事故を背景に描くことで、この家族たちはこんなふうになった、その背景には原発事故があったんだとわかってもらう。家族の悲哀を心情豊かに描くのが観る人の気持ちに入っていくと強く思ったんです」

こういう映画には資金が集まらない、ならば自分で稼ごうと決めた松井が、脚本を書き終えるまでに10年。「これだけ資金があれば撮れる」と判断できるまでに11年を要したという。

確かに存在しているのに、世の中に無視され、疎外されている人間を描く。それをテーマにしてきた松井良彦の作風は、本作でも一貫している。

『こんな事があった』
監督・脚本:松井良彦/出演:前田旺志郎、窪塚愛流、井浦新ほか/東日本大震災から10年後の福島で、震災と原発事故で離散した家族を描き、3.11が何も終わっていないにもかかわらず、終わったように扱われている現在の日本を炙(あぶ)り出す。9月13日、新宿K's cinemaほか全国順次公開。