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北九州〈小倉名画座〉成人映画館をカレー専門店店主が事業継承

JR小倉駅前にある〈小倉名画座〉は創業40年を超える老舗の成人映画専門館。2022年2月、カレー専門店の店主・丸谷真一郎さんが事業を引き継いだ。これまで閉ざされた空間だからこそ濃い人間模様が繰り広げられてきた映画館を、“外”との接点を増やすことで若い人も訪れたくなる場所にしたい。成人映画専門館に集う人たちの“これまで”と“これから”を若き経営者の視点から迫る。

photo: Hiroyuki Ohno / text: Kenji Jinnouchi

九州の玄関口・北九州市の中心部・小倉。新幹線も停車するターミナル駅から西に歩いてわずか1分。通りは突然「大人の街」の様相を帯び、異世界に足を踏み入れたような感覚になる。

そこに佇む劇場が〈小倉名画座〉。劇場は2フロアに分かれ、1階の「名画座1」は通常のピンク映画館、2階の「名画座2」は九州で唯一のゲイ映画専門の映画館となっている。

事業を継承したのはカレー屋さん

カレーの移動販売を皮切りに、市内で〈モンゴルカレー〉というカレー店を営んでいる丸谷真一郎さん。飲食店経営の傍ら、別事業の法人を立ち上げ商社としても稼働するなど積極的に多角経営を行っていた。

そして3年前に移動販売時代の常連客だった劇場が入る建物の大家から、〈小倉名画座〉のオーナーが事業譲渡先を探していることを聞いた。

名画座外観
JR小倉駅から徒歩1分の好立地にある〈小倉名画座〉。周辺には風俗店などが立ち並ぶ。

「それまでポルノ映画やゲイムービーに興味も偏見もなかったのですが、単純に事業として面白そうだなと。何より大家さんもこいつなら任せられると見込んで頼んでいるはず。そんな縁も感じて引き受けることにしました」

駅前の立地と競合の少なさ、そして常連客の存在もあり盤石なビジネスかと思いきやコロナ禍もあり最初の月は大苦戦。

「大家さんが家賃を融通してくれ、また前のオーナーさんが残してくれていた資金もあり助かりました。そうした面でもこの劇場に関わる人の人間性に感動しました」と丸谷さんは話す。

名画座2薔薇族看板
「名画座2」の男性カップルの看板。

課題は固定客を守りつつ、
新規開拓をしていくこと

もともと「名画座2」は男性のストリップショーを行っていたが、平成20(2008)年ごろにショーは終了。以後ゲイ専門の映画館にシフトした。

男性の同性愛者を「薔薇族」と呼んでいたひと昔、ふた昔前には、劇場は男性同士の出会いの場となる「発展場」としても知られ、ショーの演者の控室も“もぐり”の連れ込み宿として使われていたという。

小倉名画座1の客席とスクリーン
1階の「名画座1」。設備は古いものの、丁寧にメンテナンスされ清潔感がある。

時代は変わり“性の多様性”が叫ばれる昨今。だが、固定客は中高年がほとんどで、若い人の来場は稀。

「とくに年金をもらっているようなお年寄りが一番多く、年金の支給日には来場者が増えるほど。このままだと先細りなので、新しい客層の掘り起こしが課題ですね」(丸谷さん)

ストリップの舞台が残る小倉名画座2
ストリップショー時代のステージが残る「名画座2」。天井からミラーボールが下がる。

カルチャーとして、街に開いていく


丸谷さんがまず取り組んだのが劇場内を案内する無料の見学会。コアな“名所”として知られていたが怖がって中に入らない人がほとんど。ならば裏側までオープンに見せようと考えた。

「劇場は昭和レトロ感満載で薔薇族たちのエピソードも事欠きません。トイレの落書きは、公衆トイレのそれとは次元の違う濃い内容でワードセンスも抜群。もはや風俗の文化遺産だと思いますね」と力を込める。

近年、世間では性の嗜好に寛容になりつつあるが劇場では薔薇族と、LGBTQの人たちとの溝を感じることも多いという。「薔薇族の人にとって新しい人が入ることは聖域を荒らされると感じる人もいると思います。

ただ、売り上げが減って閉館になってしまうと、そうしたお客さまも居場所がなくなってしまいます。だから新陳代謝は必要ですが、急ハンドルを切るのではなく時間帯によって既存のお客さまと若い人が好みそうなプログラムを分けるとか、ネット世代が訪れたくなるイベントを増やすなど、路線“追加”の方向で考えています」(丸谷さん)

キャバレー控室として使われていた3Fの部屋
キャバレーの演者の控室として使われていた3階。

人を集めるためのアイデアは尽きない

「今は使っていない3階を、普通の民泊ではなくてミュージシャンや芸人が集まれる合宿所にして、2階を発表の場にしたり。映画『浅草キッド』が人気ですが、ここもキャバレーのような独特の雰囲気があるでしょう。

ほかにもラップバトルなどサブカル的なイベントもやりたいですね」とアイデアは尽きない。さらに、劇場入り口の喫煙所を改装し、フォトジェニックな団子の販売も考えているという。

映画館入り口で売られるカレー
受付では「モンゴルカレー」謹製のレトルトパック「名画座カリー」(500円)も販売する。店名は丸谷さんの顔がモンゴル人に似ているという理由で友人が命名。老若男女に喜ばれるマイルドな味。

映画以外の副収入として、本業のカレー店のレトルトパック「名画座カリー」を販売。ただ、買うのは観光客ばかりで、お客はまず買わないと笑う。

「でも、カレーを販売しているとお客さまはものすごく食いついてくれるんです。多分、寂しいから劇場に来る人も多いのでは。そんなときにカレーは会話のツールとしてちょうどいいんでしょうね。会話ができるスタッフがいることが、安心感にもつながっているのではないかと思います」

丸谷真一郎さんとスタッフの藤井邦博さん
信頼できるスタッフの存在も事業継承を決めた一因。一番の古株・藤井邦博さん(左)は全国デビューも果たすバンド「魚座」のフロントマンとして活動しながら、劇場でも働いている。オーナーの丸谷真一郎さん(右)は、芸人の堤下敦に似た愛嬌のある風貌。学生時代に働いていたホストクラブでは「堤下丸男」という源氏名で人気だったとか。

「最初にここを訪れる理由は観光でも、お土産でもいいので、もっと街との接点を増やしていきたいですね。そして老若男女が気軽に訪れる場所にしていければなと。そのためには〈小倉名画座〉という一つのカルチャーを築いた場所を使って、今度は新しいサブカルチャーを発信していきたいと思います」