吉田修一原作×李相日監督3度目のタッグは、歌舞伎の世界が舞台
李相日監督の最新作『国宝』は、任侠の世界に生まれながら歌舞伎界に飛び込み、芸に身を捧げた男の物語。吉沢 亮さんや横浜流星さんら主要俳優は吹き替えなしに歌舞伎を演じ、役者の生きざまを体現、観る者を圧倒した。本作に出演、歌舞伎指導を行った中村鴈治郎さんと李監督に語ってもらった。
李相日
昔、実在の歌舞伎俳優の方をモデルに映画を作れないかと模索していたことがあったんです。その数年後に吉田修一さんが歌舞伎を題材に新聞小説を書くとおっしゃったので僕は仕上がりを楽しみにしていました。
中村鴈治郎
それは初耳です。連載開始前に吉田さんが歌舞伎を取材したいとおっしゃっていると伺い、黒衣を着ていたら楽屋にいても怪しまれないからと衣装さんに頼んで作ってもらったんです。吉田さんは3年間通い続けていらっしゃいました。
映画化にあたり歌舞伎指導をさせていただきましたが、細かな所作というよりは、歌舞伎全体に関わること。歌舞伎をご存じの方も違和感なく観ていただけるよう、最大限協力をさせていただきました。
李
鴈治郎さんでなければ、ここまで密に見ていただけなかったと思います。特に劇中に出てくる『曽根崎心中』は、中村鴈治郎さんのお家芸、家宝のようなもの。それを歌舞伎も日本舞踊も未経験の俳優にやらせようというのですから、怒られてもおかしくない状況。ですが鴈治郎さんご自身も夢中になってくださっている感じがあって……。
鴈治郎
まさにそうでしたね(笑)。
李
鴈治郎さんが、吉沢亮や横浜流星を(歌舞伎に)夢中にさせていた気がします。彼らも追い込まれて悲壮感が漂っていましたから。
鴈治郎
一朝一夕にできたら、歌舞伎役者はいらなくなってしまいます(笑)。ただ、舞踊の振りであれば、猛特訓して覚えれば真似ることができるかもしれないけれども、『曽根崎』のような芝居の動きは手本があってないようなもの。しかも女形ですから、2人ともよくやったと思います。

李
歌舞伎を観たいのなら生の歌舞伎を観に行くのが一番ですし、シネマ歌舞伎もあります。この映画では、歌舞伎の舞台という氷山の一角の、水面下に広がる部分、歌舞伎役者の内面をテーマにしたかった。それには映画俳優が演じるのがいいだろうと思いました。
鴈治郎
ヒューマンドラマですものね。監督は稽古場によくいらして、彼らの稽古を見ていらっしゃいました。「曽根崎をやる」と聞いた時には正直驚きましたが、演目と物語が絶妙にリンクしていて、映画ならではの描き方をしています。ここに持ってくるのか!と感銘を受けました。
李
歌舞伎の面白さの一つは、同演目、同じ役でも演者によって変わることですよね。稽古で2人がどう歌舞伎に没入していくのかを見ていきながら、脚本の設計も調整していきました。
鴈治郎
教えている時には必死で気づきませんでしたが、彼らは喜久雄や俊介という映画の中の人物として歌舞伎の役を務めなければいけないという二重の負荷がかかっていたんですよね?
李
映像の中で、歌舞伎役者として説得力を持たせることが第一のミッション。さらに喜久雄なら喜久雄がどんな感情で歌舞伎を演じるのか、殻を突き破ることを課しました。本人たちは、歌舞伎ができていないと思われるのでは、と不安だったと思います。
鴈治郎
撮影時の監督の追い込みはそれはもうすごかったです。僕の出演シーンも「もっと!もっと!」と言われ続けましたし(笑)、歌舞伎の場面も同じ演目を驚くほど何度も撮られて。
李
本物の歌舞伎は1日1回上演ですが、撮影では何周もしますので(笑)。
鴈治郎
撮影から1年経ちますけど、撮影期間の3ヵ月は濃厚すぎて、ほかに何をしていたか覚えていません(笑)。
李
僕もこれは終わるのだろうかと思いながら製作していました。でも、いつか終わるものなんですね(笑)。
監督:李相日/原作:吉田修一『国宝』(朝日文庫/朝日新聞出版刊)/出演:吉沢亮、横浜流星、渡辺謙/父を亡くした喜久雄は、上方歌舞伎役者の花井半二郎に引き取られ、その息子の俊介と共に芸の道に勤しむが、やがて運命に翻弄されてしまう。6月6日、全国東宝系にて公開。