自分にも起こり得る、という視点から創作する
橋本淳
今回、僕の演じる岳人は、パートナーの友理から「性別を変えたいと思っている」と告げられます。これは僕自身にも起こり得るかもしれない話だなと思いました。
加藤拓也
性別が変わってゆく家族を受け入れることができると証明する話です。非当事者が、当事者との間にある壁に苦しむ状況が自分にも重なって、そこが書き始める出発点にありました。
橋本
セクシュアルマイノリティ当事者ではなく、マジョリティ側の視点で書かれた脚本はあまりない気がします。
加藤
僕自身、岳人と同じ立場になり得るので彼の視点なら心に偽ることなく物語を書けます。脚本段階から、複数のトランスジェンダー当事者の方々に読んでいただき意見を伺い、ワークショップを開いて、俳優と一緒に当時者の方の経験談を伺ったり、稽古や衣装合わせにも相談役として来ていただき、対話しながら創作を進めています。
橋本
僕もトランスジェンダーに関する書籍や資料を読みましたが、最初はワークショップでも、無意識に失礼な物言いをしてしまわないかと緊張していました。ただ、トランスジェンダー当事者の方と対話を続ける中で、不安に思いすぎていたかもしれないと気づいたんですね。
加藤
作るということにおける特権も相まって、マイノリティを取り扱う作品が多く作られない現状があると思います。ただ、作品数が増えなければ映画や演劇を志す人は増えていきません。
橋本
たしかに、そうですね。
加藤
上演を企画するにも多方向への配慮が必要です。例えばシスジェンダーの俳優がトランスジェンダー役を演じるには配慮が必要なように、トランスジェンダーの俳優が、自身と異なるジェンダーアイデンティティの役を演じるにも配慮を検討する必要があります。
今作だと「友理という役が性別を変更しようとする過程で、パートナーが自分から離れていかないと信頼することができず、女性としても振る舞い続けてしまう」物語です。演劇は稽古と本番で2ヵ月間あります。「女性に向けられた視線」を浴びる時間が長い。俳優自身の人生もそうですが、観客の中には俳優の家族や友人もいるかもしれないことを頭に入れないといけない。

橋本
台本を読むと「家族」の物語なんですよね。属性問わず、様々な立場の人が多様な感想を持つ作品になるのではないかなと思います。
加藤
多方向への配慮には、常に別方向への問題が浮かび上がります。演劇や映画で議論される重要なテーマは、一つの作品で完結できるようなことではありませんが、それぞれが考えを持ち、現実と理想を一つ一つ比較と検討をすべきです。
橋本
『ここが海』は、これまでの加藤さんの作品の中では優しい物語。そこまで激しい感情の揺れはないけれど、演じるのは大変そうだなと思いました。出演者は3人のみ。0・0◯%くらいの微細な会話のズレや心の動き、変化するさまをグラデーションで描いているので、個々のセリフの言葉は軽いけれど、そこで表現されることは重くて。
加藤
橋本さんは黒木華(はる)さんとの共演が結構多いですよね?
橋本
はい。すごく多くて、もう10年以上の付き合いです。互いの芝居の引き出しもわかっているから、さらけ出せる。信頼しているので、これまでも芝居の中身について話したことは一度もないんですよ。板の上でやりとりするだけで考えていることがなんとなくわかる。今日なんとなく乗ってこないのは、僕の一つ前の芝居が乗っていなかったからかな?と感じたり。
加藤
舞台上でそんなこと考えてるんですか?集中してください。
橋本
(笑)。でも、そこからアタックの仕方を変えることもできますから。
加藤
俳優にとって、そんなふうに組み合わせの良さがあり、長年共演を重ねる人がいるというのはいいですよね。
橋本
ありがたいです。特に今回のような脚本で、相手が初共演だったら、進めていくのが難しかったと思います。
加藤
中田青渚さんも含めて稽古場の空気も良いですから、期待しています。