成熟したマンガ界に飄々と舞い降りたなぜか気になってしかたない、変なやつ
クラスに変なやつがいて、その人に夢中になってしまう。ある意味での恋愛マンガなのですが、絵がとても丁寧で魅力があって、言葉の面白さや笑いのセンスもある。ものすごく能力の高い新人が出てきた、という印象を受けました。あんまり主役になれないような、味のある脇役みたいな人たちしか登場しないのですが、こういう作品が注目されて人気が出ること自体に、マンガの成熟を感じます。
変な人を排除せずに面白がるような眼差しが温かく、読んでいると幸福な気持ちになれるんです。出てくる人はみんなちょっとずつ変わっているんですけど、その変わり者具合がまったく理解できないわけじゃない。誰にでもこういう部分ってあるのかも、と思わせるところが絶妙にうまい。
笑いに関しては、前の場面で振っておいたことをすぐに裏切るみたいな、伏線が生きてくるおかしみが全編に貫かれています。例えば、顔も知らないから会えるわけがないと思っている人と、すぐに出会ってしまったり、家に熊が来ることはないという話をしたあとでパンダが来るような。爆笑するほどではないけれどずっとおかしくて、まんまと騙されたぞっていう楽しさなんですよね。
絵柄は比較的写実に近く、読者を選びません。ホラーマンガにも通じる緻密さがあるのに、すごくバカバカしいことを描いているのもいいですよね。一方でマンガならではだと思ったのが、本当はアイドルみたいな顔なのに、モテないようにわざとメガネを掛けている話。現実でこれをやったらたぶんすぐにバレてしまうはずなので、マンガならではのリアリティの出し方がうまいのでしょう。
好き勝手で自由な表現が作者と読者に招いた幸運
自分のキャンバスに勝手に干し芋を干していた人に、絵のモデルになってもらう、みたいな話の転がし方は一個一個にアイデアがあって小説家的センスを感じます。男子のどういうところが面白くて意外性があるのか、ずっと考えていないと出てこないような面白さだと思うんです。
そもそもこの作品は、連載のネームがなかなか通らないとき、息抜きのつもりで好き勝手に描いてpixivや同人誌などで発表したものらしいのです。もし編集者の意見が入っていたら、もっと起伏を作ったり、キャラクター設定を細かくしたりと整えられて、おそらくこんなふうには仕上がらなかったと思います。これで通用することを証明できたのが、和山さんにとってとても幸運だったはず。
実際、ちょっとした角度の違いで読者に届かなかったり、天才すぎて面白いのだけど万人には受けないようなことが、マンガは特にあると思うのです。『夢中さ、きみに。』は素晴らしい作品なので注目されて当然ですけど、マンガ全体が多様化した結果でもあるので、時代の申し子といえますよね。