Read

Read

読む

枡野浩一が好きで好きで好きでたまらないマンガ、和山やま『夢中さ、きみに。』

歌人だからか、マンガも1巻完結など短いものが好きという枡野浩一さん。語っていただくのは、オタクやBL的な雰囲気をまといつつ、どちらとも一定の距離を保つ不思議な佇まいのマンガ。新人作家のデビュー単行本に、なぜこれほど多くの人が夢中に?

初出:BRUTUS No.917「マンガが好きで好きで好きでたまらない」(2020年6月1日発売)

text: Ikuko Hyodo

成熟したマンガ界に飄々と舞い降りたなぜか気になってしかたない、変なやつ

クラスに変なやつがいて、その人に夢中になってしまう。ある意味での恋愛マンガなのですが、絵がとても丁寧で魅力があって、言葉の面白さや笑いのセンスもある。ものすごく能力の高い新人が出てきた、という印象を受けました。あんまり主役になれないような、味のある脇役みたいな人たちしか登場しないのですが、こういう作品が注目されて人気が出ること自体に、マンガの成熟を感じます。

変な人を排除せずに面白がるような眼差しが温かく、読んでいると幸福な気持ちになれるんです。出てくる人はみんなちょっとずつ変わっているんですけど、その変わり者具合がまったく理解できないわけじゃない。誰にでもこういう部分ってあるのかも、と思わせるところが絶妙にうまい。

笑いに関しては、前の場面で振っておいたことをすぐに裏切るみたいな、伏線が生きてくるおかしみが全編に貫かれています。例えば、顔も知らないから会えるわけがないと思っている人と、すぐに出会ってしまったり、家に熊が来ることはないという話をしたあとでパンダが来るような。爆笑するほどではないけれどずっとおかしくて、まんまと騙されたぞっていう楽しさなんですよね。

絵柄は比較的写実に近く、読者を選びません。ホラーマンガにも通じる緻密さがあるのに、すごくバカバカしいことを描いているのもいいですよね。一方でマンガならではだと思ったのが、本当はアイドルみたいな顔なのに、モテないようにわざとメガネを掛けている話。現実でこれをやったらたぶんすぐにバレてしまうはずなので、マンガならではのリアリティの出し方がうまいのでしょう。

和山やま『夢中さ、きみに。』
和山やま『夢中さ、きみに。』
戯れる男子たちに漂う、BLエッセンス
男子のじゃれ合うさまが人によってはBLにも読めてしまう本作。「小説でいうと三浦しをんさんの作品のように、隠れBL的なところがありますよね。BLには括られないし、男性同士の恋愛を直接的に描いているわけではないけれども、バディもののような友情を超える何かが透けて見えます」

好き勝手で自由な表現が作者と読者に招いた幸運

自分のキャンバスに勝手に干し芋を干していた人に、絵のモデルになってもらう、みたいな話の転がし方は一個一個にアイデアがあって小説家的センスを感じます。男子のどういうところが面白くて意外性があるのか、ずっと考えていないと出てこないような面白さだと思うんです。

そもそもこの作品は、連載のネームがなかなか通らないとき、息抜きのつもりで好き勝手に描いてpixivや同人誌などで発表したものらしいのです。もし編集者の意見が入っていたら、もっと起伏を作ったり、キャラクター設定を細かくしたりと整えられて、おそらくこんなふうには仕上がらなかったと思います。これで通用することを証明できたのが、和山さんにとってとても幸運だったはず。

実際、ちょっとした角度の違いで読者に届かなかったり、天才すぎて面白いのだけど万人には受けないようなことが、マンガは特にあると思うのです。『夢中さ、きみに。』は素晴らしい作品なので注目されて当然ですけど、マンガ全体が多様化した結果でもあるので、時代の申し子といえますよね。

和山やま『夢中さ、きみに。』
一見突飛、だけどありそうな設定
SNSで気になっていた人と、速攻出会ってしまう女子高生。「看板の文字を拾って単語にする遊びは、普通にやってる人がいそうなリアリティがあります。“仮釈放”というハンドルネームも言葉選びが秀逸」
和山やま『夢中さ、きみに。』
ネタ元を知らなくても結局笑えるマニアック具合
不気味なオーラをまとい、クラスで敬遠されている男子に意を決して話しかける場面。「ホラーマンガ家の名前が唐突に出てくるのですが、マニアック具合が絶妙で、知らない人はつい調べてしまうはず。そして、たしかに似ているところにおかしみを感じます」
『女の園の星』
女子校で異彩を放つ、変な男性教師
「4コママンガのようなエピソードを、丁寧に順を追って描く作風は同じです。どちらかというと男の先生のキャラクターの面白さに依っていて、今のところ女生徒たちはモブみたいな存在。個性のある先生同士のイチャイチャにも、やはり隠れBL的雰囲気を感じます」。

©和山やま/祥伝社

『夢中さ、きみに。』が好きな人はこちらも