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斎藤 幸平が選書。コモン(共同体)の再生による、新しい「豊かさ」へ

気候変動や食糧危機、コロナ禍ー 今、私たちが直面している危機の多くは、「資本主義」に起因していると経済思想家の斎藤幸平は指摘する。選書と共に考える「豊かになるために資本主義を脱する」。

Photo: Takahiro Idenoshita / Text: Moteslim

コロナ禍を転機に、経済成長をスローダウン。

〈コモン〉の再生は、すでに世界の各地で起こり始めています。例えば岸本聡子『水道、再び公営化!』を読めば、ヨーロッパでは市民たちが立ち上がって水道をはじめとする、インフラの再公営化=コモン化に取り組んできたことがわかります。

水道事業を民営化したパリで水道料金の値上げへの不満から再公営化を求める運動が始まり(2010年に再公営化)、単に公営化するだけでなく水源の管理や森林の活用についても市民が積極的に関わるようになっています。水を自分たちの手に取り戻せたら今度は電気を取り戻そうとか、市民を中心とした活動がどんどん広がっているんです。

『水道、再び公営化!』岸本聡子/著
『水道、再び公営化!』岸本聡子/著
ヨーロッパの水道再公営化運動とは、人々の共有財=コモンを取り戻すことでもあった。フランス、イギリス、スペインと各国の運動を紹介しながらコモンの再生による新たな民主主義の形を描き出した一冊。集英社新書/¥820。

こうした動きは「ミュニシパリズム(地域主義)」や「フィアレス・シティ(恐れぬ自治体)」と呼ばれ、市民が主体的にコミュニティに関わろうとしている。

今、私たちが消費者として享受している生活が便利で快適なことは事実です。お金を払えば24時間サービスを受けられるし、外食や通販なら自分で食事を作ったり動いたりしなくてよいので楽ですよね。でも、結果として私たちは消費しかできない弱い存在になってしまい、次々と公共の場やコミュニティ、〈コモン〉が失われてしまった。

社会のシステムも個人の精神も、過去200年近く続いてきた資本主義の論理から抜け出すのは大変なことです。しかし、市民が積極的に参加する領域を増やさなければ、「人新世」の危機を乗り越えるために必要な、オルタナティブな豊かさへとシフトすることができないのです。

今回のコロナ禍も「人新世」の危機の一つですが、オランダ・アムステルダム市がケイト・ラワース『ドーナツ経済学が世界を救う』の提唱するような「ドーナツ経済」へとシフトすることを宣言したことで注目されました。

『ドーナツ経済学が世界を救う』ケイト・ラワース/著
『ドーナツ経済学が世界を救う』ケイト・ラワース/著
経済成長に依存せず環境問題や格差を解消することは可能なのか? 豊かで幸福な持続可能社会を実現するための、環境指標や社会指標を重視する「ドーナツ経済学」なる新たなモデルを提示。黒輪篤嗣/訳。河出書房新社/¥2,400。

これはドーナツの内側の輪を社会的な平等や健康など最低限必要なもの、外側の輪を水資源や生物多様性など環境の要素として設定し、内側の輪より良い生活をすると同時に、外側の輪を壊してしまうほどの過剰な消費や成長を控え、両輪の間で生活をしていこうという考え方です。

平等の実現はもちろん重要ですが、みんなが旧来的な豊かな生活を求めると、環境は破壊されるばかり。世界全体がこのドーナツの輪に収まる経済を実現すれば、みんなが物質的に安定した、環境にやさしい生活が送れるわけです。

アムステルダムなどミュニシパリズムを実践する欧州の都市は、経済成長だけに依存しない社会へシフトしようとしている。これまで私たちは経済成長を唯一の指標として社会を考えてきましたが、〈コモン〉やドーナツ経済といった考え方を取り入れると社会の見方が変わるはず。

そうすれば社会変革のための「問い」そのものが変わって、これまでとは別の都市を作るようなアイデアも生まれてくる。こうした転換が現にアムステルダムという都市を動かそうとしているのは大きな希望だと言えます。

技術革新によって労働をなくすのではなく、労働の楽しさを取り戻すことこそが豊かな社会を作る。

そして、今の私たちに必要なのは、21世紀の『ユートピアだより』です。19世紀に発表されたウィリアム・モリス『ユートピアだより』は、文学的な想像力によって、資本主義ではない別の社会のあり方を提示しました。

この作品では技術を発展させて人間が辛い労働から解放されるユートピアではなく、労働の楽しさや喜びが取り戻された社会こそがユートピアとして描かれています。現代社会では、多くの人にとって労働は指示されたことを無心でただ処理するだけの作業となりがちですが、むしろ仕事が楽しいことこそが人間にとって豊かなことであり、仕事を通じて各人が能力を発揮できる社会こそがいいのだ、と。

『ユートピアだより』ウィリアム・モリス/著
『ユートピアだより』ウィリアム・モリス/著
「私」がある日目覚めると、そこは「仕事が喜びになっているくらし」が実現された22世紀のロンドンで。社会主義者にして美術工芸家のモリスの理想と希望が紡ぎ出す物語。五島茂、飯塚一郎/訳。中公クラシックス/¥1,550。

AIを使った自動化など技術革新を無限に追求して社会変革を目指す加速主義的な思想が未来的だと捉えられがちですが、むしろ仕事の楽しさを取り戻すことにこそ新たな可能性がある。モリスはクラフトマンシップという概念を通じて誰もがアーティストのようにモノを作って自己実現できる社会を目指そうとしました。

持続可能な社会における「ユートピア」をもう一度想像することこそが、新しい豊かさへと向かうために必要不可欠なのです。