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神戸〈石田洋服店〉。時代の紳士たちを魅了するツイードの正体

町に溶け込み、何十年も商いを続ける名店がありました。頑なにスタイルを守り、自らの目利きで揃えた商品を並べ、深い知識と愛情を持って物語る店主。ちょっと癖があってもご愛嬌。この人のオススメだから欲しくなる。

Photo: Kento Mori / Edit: Takuhito Kawashima

石田洋服店の店主、石田原弘さんは、服地の経験を生かし、古き良きツイード生地の再現に励み、また2011年以降、『ツイード ア ウォーク』という、全国のツイード好きを集め、装いを嗜むというイベントを企画する。そんな石田原さんによるツイードの話。

007のダニエル・クレイグでしたっけ?彼なんかは、ツイードのジャケットをビシッと着てますけどね、実際イギリスで生活しているとわかりますが、あそこまでお洒落じゃないんですよ。
ジャーミン・ストリートなんかに行っても、みんなダサいですよ。それこそ親父のクローゼットから引っ張り出してきたような古いツイード着てたり。

でもそんな感じが、いいなって思ったんです。フレッド・アステアが言ってましたけど、「ツイードのジャケットは一度水に濡らして、壁にぶつけてから着る」じゃないですけどね。英国育ちの白洲次郎さんも雨晒しにするとか言ってしましたよね。これが嘘か本当かわからないですが、なんかかっこいいなって。

少なくとも、向こうの貴族には、自分と同じ体形の侍従がいて、彼が1年間着た後に、自分が着るみたいなことをしてたらしいですよね。僕らでもそうじゃないですか。新しい運動靴がかっこ悪くて、わざと汚したりしてたじゃないですか。それと同じ感覚なんでしょうね。こういう考え方って英国ならではですよね。

でも、今のツイードってすごく柔らかいでしょ。昔のものとは、まったく違いますからね。まず、重さが違いますよ。昔のは肉厚でゴアゴアで、めちゃめちゃ重い。それに比べると、今のやつはとんでもなくライトウエイト。寒いじゃないですか、はっきり言って。全然暖かくないでしょ。風がスースー通りますからね。

それに本来ハリスツイードなんてものすごく少量のものだったんです。アウター・ヘブリディーズ諸島にいる羊から刈った毛を使って、現地で織った生地のことだけをハリスツイードって呼んでいたんです。でも、ちょっと人気出てくると、とてもそこの羊だけじゃまかなえなくなる。

各年代のハリスツイードのタグ
生産された年代によって異なるハリスツイードのタグ。次第と規制が緩和されていくのが一目瞭然だ。

じゃ、イギリス全体でいいんじゃない、ってレギュレーションが緩むんですね。でも次第にイギリスでは足りなくなって、オーストラリアの羊でもいいんじゃないの?って。要するに、なんでもいいんですよ。

ですから昔のハリスツイードのタグを見てみると、全然違いますよ。あるので、持ってきますね。これが昔のやつ。認定しているっていうか、管轄している協会も違うでしょ。
ここには、“ハリスツイード・アソシエーション・リミテッド”ってありますよね。これが比較的新しいタグですね。ここだと“ハリスツイード・オーソリティ”になってますよね。ざっくりしてるでしょ?確かハリスツイードという資源のために、法律でこういう団体を作ったんです。

昔のやつは、“リミテッド”って書いてありますから、任意の団体なんです。だからすごく規制されているし、いろいろ書いてあるでしょ?ここまで書かないと価値を守れなかったわけですよ。それが今のタグには何にも書いてない。さりげなく、どんどん変わっていってるんです。

神戸〈石田洋服店〉石田原弘

じゃあね、元も子もない質問しますが、ツイードって何なんだと思います?
これね、実はね、ツイード自体に明確な定義ってないんです。僕も何なのかを知りたくて、昔の本を読んだりしてたんですけどね。ツイードって言葉自体どうやってできたかも曖昧なんです。

昔のツイードの専門の人、まぁ僕の大先輩なんですが、彼が書いた本に、じゃツイードというものは一体何か?って書いてあるんですよ。それを読んでみると、「一日のうちで朝と夜の境目がないように、ツイードもそういうものである」って(笑)。さすがに、じゃこの本は何だったんだ?って思いましたけどね。

結局ツイードってのは、人それぞれが持つ英国への憧れなんです。こういう曖昧な感じも僕は好きなんですよね。