石田洋服店の店主、石田原弘さんは、服地の経験を生かし、古き良きツイード生地の再現に励み、また2011年以降、『ツイード ア ウォーク』という、全国のツイード好きを集め、装いを嗜むというイベントを企画する。そんな石田原さんによるツイードの話。
007のダニエル・クレイグでしたっけ?彼なんかは、ツイードのジャケットをビシッと着てますけどね、実際イギリスで生活しているとわかりますが、あそこまでお洒落じゃないんですよ。
ジャーミン・ストリートなんかに行っても、みんなダサいですよ。それこそ親父のクローゼットから引っ張り出してきたような古いツイード着てたり。
でもそんな感じが、いいなって思ったんです。フレッド・アステアが言ってましたけど、「ツイードのジャケットは一度水に濡らして、壁にぶつけてから着る」じゃないですけどね。英国育ちの白洲次郎さんも雨晒しにするとか言ってしましたよね。これが嘘か本当かわからないですが、なんかかっこいいなって。
少なくとも、向こうの貴族には、自分と同じ体形の侍従がいて、彼が1年間着た後に、自分が着るみたいなことをしてたらしいですよね。僕らでもそうじゃないですか。新しい運動靴がかっこ悪くて、わざと汚したりしてたじゃないですか。それと同じ感覚なんでしょうね。こういう考え方って英国ならではですよね。
でも、今のツイードってすごく柔らかいでしょ。昔のものとは、まったく違いますからね。まず、重さが違いますよ。昔のは肉厚でゴアゴアで、めちゃめちゃ重い。それに比べると、今のやつはとんでもなくライトウエイト。寒いじゃないですか、はっきり言って。全然暖かくないでしょ。風がスースー通りますからね。
それに本来ハリスツイードなんてものすごく少量のものだったんです。アウター・ヘブリディーズ諸島にいる羊から刈った毛を使って、現地で織った生地のことだけをハリスツイードって呼んでいたんです。でも、ちょっと人気出てくると、とてもそこの羊だけじゃまかなえなくなる。
じゃ、イギリス全体でいいんじゃない、ってレギュレーションが緩むんですね。でも次第にイギリスでは足りなくなって、オーストラリアの羊でもいいんじゃないの?って。要するに、なんでもいいんですよ。
ですから昔のハリスツイードのタグを見てみると、全然違いますよ。あるので、持ってきますね。これが昔のやつ。認定しているっていうか、管轄している協会も違うでしょ。
ここには、“ハリスツイード・アソシエーション・リミテッド”ってありますよね。これが比較的新しいタグですね。ここだと“ハリスツイード・オーソリティ”になってますよね。ざっくりしてるでしょ?確かハリスツイードという資源のために、法律でこういう団体を作ったんです。
昔のやつは、“リミテッド”って書いてありますから、任意の団体なんです。だからすごく規制されているし、いろいろ書いてあるでしょ?ここまで書かないと価値を守れなかったわけですよ。それが今のタグには何にも書いてない。さりげなく、どんどん変わっていってるんです。
じゃあね、元も子もない質問しますが、ツイードって何なんだと思います?
これね、実はね、ツイード自体に明確な定義ってないんです。僕も何なのかを知りたくて、昔の本を読んだりしてたんですけどね。ツイードって言葉自体どうやってできたかも曖昧なんです。
昔のツイードの専門の人、まぁ僕の大先輩なんですが、彼が書いた本に、じゃツイードというものは一体何か?って書いてあるんですよ。それを読んでみると、「一日のうちで朝と夜の境目がないように、ツイードもそういうものである」って(笑)。さすがに、じゃこの本は何だったんだ?って思いましたけどね。
結局ツイードってのは、人それぞれが持つ英国への憧れなんです。こういう曖昧な感じも僕は好きなんですよね。