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作家、漫画家・小林エリカ。「瞬間の破片」を探して、人の日記を読み比べる

『マダム・キュリーと朝食を』で第151回芥川賞候補に選出された小林エリカさん。異なる時間、空間を行き来しながら、放射能という見えないものの存在を問いかけた異色の作品は、文壇に新しい風を吹き込んだ。その個性的な作風の源は「日記」。いつか、誰かが記した過去の日々の記録が、物語の始まり。

初出:BRUTUS No.792「読者入門。」(2014年12月15日発売)

photo: Kasane Nogawa / text: Yuriko Kobayashi

過去・現在・未来をつなぐ「瞬間の破片」を探して

「子供の頃から『アンネの日記』が大好き。10歳から繰り返し読んでいるのですが、それ以外で特に日記形式の本を好んで手に取るようになったのは、数年前に父の古い日記を見つけたことがきっかけです」

実家で見つけた父親の日記の日付は1945年から46年。戦中から戦後、16歳から17歳の時のものだった。
「しばらくあとで『アンネの日記』を読み返した時、父がアンネと同じ1929年生まれだということに気づいたんです。アンネの日記が書かれたのは42年から45年、12歳から15歳までの期間。ちょうどアンネのすぐ後を追うような時期に父は日記を書いていたんです」

『アンネの日記』アンネ・フランク/著
父の書棚で見つけた、古い『アンネの日記』。当時はセクシュアルな描写や母親の悪口は削除されていた。
『アンネの日記』中面 アンネ・フランク/著
『ブリジット・ジョーンズの日記』より。今日の日付や、友人の誕生日だけ拾い読みすることも。

その後エリカさんは2人の日記を携え、ドイツのベルゲン・ベルゼンからアウシュヴィッツを経て、アムステルダムへ。アンネが死んだ場所から生まれた場所へと遡る旅をした。

「例えば4月のある日のアンネの日記を見ると、花や風景の描写が出てくるんですけど、実際見回すと花が咲いていたりとか、父の4月の日記にも、春の風景があったりして。今とはぜんぜん違う時間の中に同じ月日があって、やっぱり春が来て。違う年の同じ日に、誰かがどこかで違う言葉を書いたんだってことに、すごく感動を覚えたんです」

以来、ふとした時に誰かの日記を読みたいと思うようになったそう。
「例えば『和泉式部日記』の冒頭に、“四月十余日にもなりぬれば、木の下くらがりもてゆく”っていうくだりがあって。和泉式部が恋人を想って、ああ、もう4月か……みたいに切なく想う場面なんですけど、実際に4月になると木の下って暗くなるんですよね、葉が茂って。そういうのに気づくと、びっくりする。だって1000年も前ですよ、これ!」

さらに併せて読むと面白いと薦めてくれたのが、ラブコメの王道『ブリジット・ジョーンズの日記』。
「時代は全然違うんだけど、言ってみれば両方ともすっごいベタな恋愛もの。想いが届くか届かないかでハラハラしたり、失恋してもまた次の恋!ってなったり。それってとても普遍的なことで、季節もちゃんと巡るし、ご飯食べて、恋して、セックスして……みたいなことが1000年変わらず続いてきたかと想うと、深い感動を覚えませんか?(笑)」

次にセットで選んでくれたのは、19世紀の女流作家、ヴァージニア・ウルフの『ある作家の日記』と、現在活躍中のイタリア料理家、細川亜衣の食べ物にまつわる日記『食記帖』。

「両方とも食事の記述がすごくいい。細川さんの9月9日の朝食は厚切りトーストなんですけど、“角食パンを4枚切りにしてもらい、両面に軽く霧を吹いてもち焼きの網にのせる”とあります。これを言葉として読んだ時に、計り知れないおいしさを感じませんか?私はそれまで薄切りの食パンを買っていたんですが、なるほどおいしそうと思って、パンの買い方を悔い改めたほど」

ウルフが59歳で自殺する直前まで書いていた『ある作家の日記』は、執筆活動の苦悩がこれでもかと綴られて、やや重苦しい印象だが?

「その死ぬ直前の最後の日記が素晴らしいんです。“七時だということに気がつく。食事の準備をしなければならない。たらとソーセージの肉。このことを書くことによってソーセージやたらに対してある種の支配力を手に入れることはほんとうだと思う”。ここで日記は終わってウルフは自殺するのですが、最後、食べ物のことを書きながら、執筆の本質をこんなふうに言葉にできるなんて。作家として尊敬します」

最後は、永遠の愛読書『アンネの日記』とユダヤ人青年を主人公にした『通訳ダニエル・シュタイン』。

「この2冊は並列で読むというよりは、縦に並べて読むイメージ。ダニエル・シュタインはナチスの通訳をしながらユダヤ人脱走計画を成功させるのですが、戦後はカトリック神父となってパレスチナへ渡ります。でも今度はパレスチナとイスラエルの戦いが始まる。ニュースなどではよく耳にする話題ですが、いったいなぜ彼らは戦っているのかとか、よくわからずにいたんです。でも、本を読んで、これは第二次世界大戦から脈々と続いていることなんだって、すんなり納得できたんです」

1000年前の平安時代、70年前のオランダや25年前のイスラエル、今の日本。本を読むエリカさんの姿が『マダム・キュリーと朝食を』で時空を旅する不思議な猫に重なる。

「例えば今、自分の周りに放射能がある現実とか、今話している瞬間っていうのは、実は過去からひとつながりの時間と場所の中に存在してると思うんです。で、それは未来にも確実につながっていく。それがどういうふうにつながっているのか、そこに興味があるんです。直接的には関係なくても、その誰かの一生がなかったら、今は違ったものになっていたかもしれない。その“過去の瞬間の破片”を、日記の中に探しているのかもしれませんね」

作家、漫画家・小林エリカ
「作家かジャーナリストになりたい」と夢を語ったアンネに感銘を受け、10歳で作家になると決心したエリカさん。『アンネの日記』は人生の書。