短歌と怪談の意外な共通点とは?歌人・木下龍也に聞いた、本当に怖い実話怪談と言葉

photo: Kazuharu Igarashi / text: Hikari Torisawa

歌人・木下龍也さんは大の怪談好き。一見遠く離れた存在に見える短歌と怪談にも意外な共通点があるという。31音に限られた言葉で奥深き世界を描き出す木下さんにとっての、本当に怖い話、そして言葉とは。

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人間の想像力を超えてくる実話怪談が怖い

歌人・木下龍也の私物のホラー関連書籍
木下さんの私物のホラー関連の本。実話怪談から小説まで様々に、歌集の数に迫る勢いで増殖中だという。

学級文庫で出会って以来、怪談に惹かれてきた木下龍也さん。特に怖いと思う怪談を厳選し、その禍々しい魅力を語ってくれた。

「『ネオホラーラジオ』と『オカルト捜査官のFOIラジオ』は、会った人から聞いた話や視聴者投稿を語る形式でオリジナルの話ばかり。友人同士の会話のようなラフなトーンは聴き手を構えさせず、怪異を身近に感じさせる効果もあるようです。

『ネオホラーラジオ』の『投稿話「減らない家族」と心霊物件でのとある実験について』では、投稿を読んだ後に、なぜそれが起きるのかを考察して、それが心霊現象なのか、人間がおかしくなっただけなのかを切り分ける実験をコウタさんが体験者に提案するんです。実験方法も面白いし、考えられる可能性を一つずつ消して出てきた結果に震えます」

検証してみた結果、心霊現象としか思えないのが怖い
現在進行形で実家で起きている不可解な出来事について、チャンネル視聴者から寄せられた実話恐怖体験談「減らない家族」。祖母が他界してから、線香の灰が撒き散らされたり、物が移動したり、果ては卵がゆでられていたり……という怪異を受けて、心霊現象が起きているのかどうかを実験&検証してみたところ驚きの結果が。

怪談を考察するというスタイルは、木下さんの仕事にも影響を与える。

「考察や分析が面白いと思えたのは『ネオホラーラジオ』のおかげなんです。『群像』で『群像短歌部』という連載をしているんですが、短歌の31音に書かれてあることはかなり限られている。投稿者のバックボーンもわからない。だけど書かれていないことを勝手に想像するのではなく、そこにある言葉から分析すると決めています。

短歌を単体で読んだ時よりも、僕の評があることによってさらに面白く感じてほしいから、毎回6000字前後、しつこいくらいに詰めていくというスタイルもコウタさんに倣っています」

『オカルト捜査官のFOIラジオ』の「しゃぶしゃぶ」は、想像もつかない怪異が魅力だ。

馴染んだ言葉が、全く違った意味を帯びるのが怖い
高校時代に肝試しに忍び込んだ廃屋で、友人たちは「しゃぶしゃぶおいしいねえ」とゴミを口にした。十数年が過ぎたある日、小さな娘が同じ言葉をつぶやきながらゴミ箱を漁(あさ)る。お祓いに行ってまた十数年。家族4人で焼肉かしゃぶしゃぶかと相談している時に不意に娘の口をついて出た言葉から、色濃く残る怪異の気配に気づく。

「霊の恨みが自分を通り越してなぜか娘に行ってしまう。霊には時間の概念がないのか、尺度が違うのか。時間が解決してくれないということがこんなに恐ろしいとは知りませんでした。忘れた頃に存在を主張してくるのも、お祓(はら)いをしても終わらないのも怖い。

僕も中学生の時に“7つの家”という心霊スポットの噂を聞いて、当時はネットで調べられる環境じゃなかったので、勘を頼りに行ってみたらぜんぜん見つからなくて。『しゃぶしゃぶ』を聴くと、あの時辿り着けなくてよかったとしみじみ思います」

構造や語彙を分析すれば物事を見る角度が変わる

怪談を観て、聴いて、読む。特に配信をおすすめする理由は?

「本で読むのも大好きなんですが、音や映像で摂取すると恐怖がよりフィジカルなものになるように思えます。と言いつつ、僕自身は安心の壁のこちら側にいて、話の構造や、触れたことのない考え方を吸収することを面白がっている節があります。僕の短歌は日常を題材にすることが多いんですけど、そのまま出してしまうと平凡の範囲内にとどまってしまう。

だから、物事を見る角度を変えるクセをつけたくて。怪談と考察からはそこも影響を受けています。どの怪談にも、忘れ難いフックになる言葉が埋め込まれているけど、それだけ聴いてもそこまで怖くない。なぜそこに至ったのかという過程が語られることで恐怖が立ち上がって、ワンフレーズに凝縮する怖さが宿るようになるんですよね」

3つ目に挙がったのは『七四六家』の「迎えに来ました」。

怪異の現象だけがあって分析も考察もできないのが怖い
ライブ配信の視聴者から寄せられた体験談。朝の通勤時間帯、女性が駅のホームで電車を待っていると、見知らぬ男性がのしかかってきた。連行された男と距離を置きながら駅員室の一角に立っていると、背後の扉をノックする音と女の子の声が繰り返し繰り返し聞こえてくる。逃げ出した女性がその方向に目を向けるとそこには……。

「作りはとてもシンプルです。オチはあるけどなぜそうなったかは説明されない。“父を迎えに来ました”と繰り返す存在と、父と呼ばれている男性の間に何があったのかはわからない。体験者は巻き込まれてしまっただけで悪いことはしていなそう。

怪異の現象だけがあって分析や考察のしようもないことで、普段から耳や目にしているはずの言葉が、怪談を聴いた後に怖くなってしまう。これって短歌でやろうとしても難しいんです。受け手に怖さを感じさせるためには、こちらのゾーンに徐々に取り込むための時間が必要だから、短歌の速さでは、少なくとも今の自分にはできないなあと思っています」

「大女優が語ったTVでは放送できない怪談」は、人気YouTubeチャンネル『都市ボーイズ』から。

冒険ゲームのような展開と出所不明の歌声が怖い
誰もが知る大物俳優が、知人の身に起きた不思議な体験を話したいと『都市ボーイズ』の2人を召喚した。公開NGの言葉を突っぱねて語られる怪異は、時間も空間も歪ませてずんずん進む。大の大人を振り回し、ついにはベランダから引きずり下ろそうとする暴力的な存在に怯える面々を井上陽水の歌声が包み込む。

「この話にも因果がない。携帯電話を探しに行ったら撮った覚えのないコンポの写真が携帯に入っていて、コンポを回収しに行ったら井上陽水の『傘がない』が聞こえてくる、という仕掛けが冒険みたいで面白いんです。最終的には人が傷つけられて、怪異を一緒に目撃した知人や恋人も今後もしかしたら……と嫌な余韻を残しながら解決方法がなさそうなのも怖い。因果があれば対処のしようを考えられるのに。

最後の『キャンプの嘘話』は、怪異があってそれが語られるという順番ではなく、即興で作られた怖い話から怪異が生まれてしまうという構成です。怪談を作為的に作るのってよくないよね、という教訓にもなっている。『禍話』のように、知人に向けて語って聴かせるスタイルって、視聴者も同じテーブルにいるような近さを感じられるのがいいですよね」

作り話が怪異を呼び寄せてしまうのが怖い
猟奇ユニット〈FEAR飯〉のかぁなっきが、相槌担当の加藤よしきに語り聴かせた怖い話ベストセレクション『禍話BEST OF BEST(加藤よしき選)』。臨時収入を手にしたヤンチャな若者たちがキャンプ場に出かける。夜も更けた怪談時間、思いつきで聴かせた作り話に呼応する声がテントの外から聞こえてくる。後日談付き。

怪談に夢中の木下さん。なぜそれほどまでに怖い話を追い求めるのか。

「いつか得体の知れないものや事象に出会った時に、これはどうも見たことがある、聴いたことがあるぞって思えたら、少しは安心できるかもしれませんよね。僕は、来るべきその日のためにトレーニングを積んでいるような気がしています」

画面を覗き込む木下龍也
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