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君と歩けば。ビートたけしと愛犬・権蔵

さんぽの「さ」も言い終わらないうちから、喜色満面。そう、犬はいつでもあなたを待っています。いつもの街、いつもの道を君と歩いていると、気づけば心もふわりと軽やか。そう、明日も、一緒に歩こう。


本記事も掲載されている、BRUTUS特別編集 増補改訂版 「犬だもの。」は、2023年4月11日発売です!

Photo: Shunya Arai (YARD) / Text: Keisuke Kagiwada

「生まれたばかりの3兄弟の中で何の特徴もない次男を選んだんだ。“こういうのが化けるんだよ”って(笑)」

愛犬ゴンちゃん(権蔵)と触れ合っているときのビートたけしさんは、テレビや映画に出演しているときとはまるで違う“素”の表情を浮かべる。「いつもこれを歌って、鶏のささみ、やってんだよ。だから、最近じゃ“ちゅ”って言っただけで飛んでくるんだ」

そう微笑みながらたけしさんが口ずさんだのは、なんと某キャットフードのCM曲。「ちゅーるちゅーるちゃおちゅーる♪」というあれ。マルチに活躍するたけしさんとはいえ、こんな表情を浮かべるのはゴンちゃんの前だけだろう。どれだけ心を許しているのか、手に取るように伝わってくる。

そんなたけしさんの人生に犬が登場したのは、小学校低学年の頃。「ギャグみたいな話なんだけどさ」と前置きして、たけしさんは語る。

「近所で野良犬を拾って連れて帰ったんだよ。柴犬の雑種だったんだけど、お袋から“捨ててこい!”って怒られてさ。だけど、捨てに行っても必ず家に帰ってきちゃうんで、最後は町外れまで連れていったら、今度は俺が迷子になっちゃって(笑)。その犬が家まで連れて帰ってくれたんだ。そしたら、お袋が“なんて頭のいい犬だ”って褒めて、飼うことになった。その後、同じ犬種を3頭飼ったんだよ。名前は全部チビっていったんだけどさ」

「だけど」とたけしさんは声のトーンを低くする。「ちゃんと世話をしてやれなかったんだよね。ほとんど散歩に連れていくこともなかったし、昭和20年代の足立区で人間もまともなものを食ってないような時代だったからエサは残り物だし」

そんな後悔もあって、いつかちゃんと柴犬と向き合ってみたかったというたけしさん。知人を介して柴犬保存会と出会い、生まれて間もないゴンちゃんを飼い始めたのは2016年のことだ。「長男、次男、三男の3頭いたんだよ。長男はシュッとした兄貴らしい顔だし、三男は小さくて人懐っこかったんだけど、次男は何の特徴もなくて(笑)。俺は逆にそれが気に入ってさ。“こういうのが化けるんだよ”って次男を連れて帰ってきた。実際、飼い始めたらみるみるかわいくなって、今じゃトリマーなんかにもすごい褒められちゃってね」

ビートたけしと愛犬の権蔵
権蔵という名前は、たけしさんがコントで演じる鬼瓦権造が由来だそう。「(明石家)さんまがコントでよく“ゴンちゃん”って呼んでたんだよ。それをもらったんだ」とたけしさん。

“家族以上の存在”に今後してあげたいこと

2018年、たけしさんはゴンちゃんとの生活にインスパイアされ、しがないフリーライターの則之と、愛犬ゴンの悲喜こもごもな暮らしを綴った小説『ゴンちゃん、またね。』を執筆した。その中にある「ゴンは則之の生活の一部であり分身みたいな犬である」という一節には、たけしさんの思いをしみじみと感じずにはいられない。

「最近じゃ“権蔵が待っているから帰ろう”って思えるようになった。ゴンはボール遊びが好きでさ。ピアノを弾いていると、ボールをくわえて膝に乗ってきて、“投げてくれ”ってねだってくるんだよ。この前なんて、寝てたら顔の上にボールを落とされちゃってさ。だから投げてやるんだけど、さっきまで楽しく遊んでいたはずなのに、急に戻ってこなくなることがあってさ。様子を見に行ってみると寝ているんだよ。自分勝手だよな(笑)。でも、そういうのが面白くて」

たけしさんはゴンちゃんのことを、「家族以上の存在」と呼ぶ。そんなゴンちゃんに、今後してあげたいことがあるそう。「ゴンが走り回れる庭付きの家を買ってやることかなぁ。あと、嫁さんももらってあげなきゃいけない。ゴンはかなり優秀な血統の柴犬らしくて、それに見合うメスを探すのって結構大変なんだよ」

ビートたけしと愛犬の権蔵(柴犬)

ところで、これまでのたけしさんの監督作品には、ほとんど犬が出てこない。今後、ゴンちゃんを登場させるなんていうアイデアはあったりするのだろうか。

「『座頭市』で町人が街を歩くシーンを撮っていたとき、困ったことがあってさ。今の人は腰の位置が高すぎて、『座頭市』の時代の町人には全然見えないんだ。そしたら、衣装の黒澤和子さんが“犬を一頭放すといい”ってアドバイスをくれて。犬に目が行って人間が気にならなくなるからって。

なるほどと思って、助監督に犬を探させたんだけど、見つからないんだ。それで野犬を捕まえようとしたら、みんな噛まれちゃって(笑)、結局、撮影中止。だから映画で犬は使いたくないな(笑)」