ジャズミュージシャン、菊地成孔の円卓中華論

「俺の世代(バブル時代)では、『高級中華』『宴席中華』と言えば個室で円卓だった」。そう話すのは、ジャズミュージシャンの菊地成孔さん。円卓で北京ダックと鮑(あわび)と一匹丸ごと白身魚の清蒸(チンジャオ)をいただく……。昭和に芽生えたそんな「円卓中華な気持ち」について菊地さんが綴ります。

photo: Kazufumi Shimoyashiki

丁度コレ書いてる10日前ぐらいに上海〜北京とツアーして(ジャズクラブのAリーグ〈Blue Note〉ってありますよね?上海と北京にもあるんですよ)帰ってきたばかりなので、新鮮なレポートも交える事が出来て良かったです。「円卓」という言葉は、α世代のお若い方なんか「ただ丸い食卓だったら日本にもチャブ台とかあるじゃん」と思う方も、ひょっとしたらいらっしゃるかも知れませんよね。我々が「円卓」って言うだけで、あれが「回る」っていう最大特性は、頭の中で織り込んじゃってる訳です。

まあ、英語でもアレは「チャイニーズ・ラウンド・テーブル」なんですよね。ラウンドって「円形」ってだけで「回る」意味ないんで、じゃあ、スピニングとかローテーションとかか?って言えば、全然ニュアンス違いますよね。

でっかい丸い台を、囲んで座った人々が、自由に動かしたり止めたりしながらっていう状態を指す日本語も英語も、っていうか、世界中で(中国語でさえ!)あの動きを一言で表す単語ないんですよ。どんだけエキゾチックで特殊なもんだかわかりますよね。訳せないよ、あの絶妙な具合(因(ちな)みに日本の「回転寿司」は「コンベア・ベルト・スシ」です。そのまんまですよね笑)。

僕の世代(62ですから、まあ大雑把に「バブル世代」ですよね)だと、「高級中華」とか「宴席中華」って言ったらもう個室で円卓でした。〈銀座アスター〉(1926年創業=今年創業100周年)とか、どういう訳だか別館という名で繁盛した〈隨園〉(創業大凡(おおよそ)60年)とか、日本初のホテル直営店である、虎ノ門のオークラ(今はThe Okura Tokyoですけど)の中の〈桃花林〉(創業大凡60年)だとか、広東料理だけじゃなく、香港ルーツの(点心屋さんとかじゃない)お店も何もかも、もう全国規模でその系譜が行き渡ったでしょうから、そこで北京ダックと鮑(あわび)と一匹丸ごと白身魚の清蒸(チンジャオ)食う、っていうのが、まあまあ昭和ですわな。

いきなり映画の話しますけど、この頃の文化の最高潮を記録している作品に昭和37年の東宝映画『社長洋行記』がありまして、カラーだとこれが一番じゃないかなあ?と思います。サブスクで観れるんで、この号(No.1031「中華な気持ち。」)買って、とりあえず目で楽しみたいって方はゼヒ観てみてください。

新珠三千代さんっていう素敵な俳優さんが、香港に〈東京亭(トンキンテイ)〉、東京に〈香港亭〉っていうお店持っててですね、チャイナドレスのお好きな方にも(黒です黒。当時の東宝の衣装部スゲエんだから。ディオールの近作かと思っちゃいますよ!)オススメの作品ですけど、それを森繁久彌、三木のり平、小林桂樹、等が日本酒で(結構長い間、日本酒ってトンカツ屋やフランス料理なんかでもメインのリカーだったんですよ)思いっきり旨そうにバクバクやるんですが、何回観てもどういう料理か分かんない笑。

この「どういう料理か分かんない」っていうのは、実の所、今でも一緒でですね、要するに日本は「町中華」っていう素晴らしい輸入文化があって、ずっと長い間、円卓の宴席と町中華の二派だったわけです。

「ずっと長い間」っていつまでだよ?って言われればそうですなあ、大体ミシュランが東京に進出(これ、アジアで初です)した2007年までに、滑り込む様な格好で、「ミシュラン受星の新世代ホテル中華」が勃興しますね。これはテーブル回んないです。旧世代が一回、アウトモードやキャンプになる、ってえのは文化の必至ですからね。

今の星状況わからないですけど、日本橋のマンダリンオリエンタルの〈センス〉とか、丸の内のザ・ペニンシュラの〈ヘイフンテラス〉とか、僕もよく使いますけど、「円卓に北京ダックの社用族」じゃない訳です(前者が37階で東京の夜景が一望、後者が2階で銀座への入り口がクールな高さで眺望、っていう、ウインドウビューの個性も好一対で、大変よろしいです。因みにどちらも個室がひとつふたつあって、そこは使った事ないんで笑、円卓の可能性ありますが、席数的には圧倒的にスクエア・テーブルです)。かつ、広東料理ってえのは、かなりの何でもありですから、少なくとも町中華パースペクティヴだと、どれも何の料理か分かりません。

と、この流れもすっかり一段落したから、っていうのもあるんでしょうね。「もう一回、円卓を見直さない?」っていうのがこの号の狙いでしょうけど、ちょっと「昭和レトロ」、ちょっと「ラグジュアリーの実力ってもんを見直そう」、大上段に構えて「21世紀から20世紀を見つめ直す(中国を中心とした世界史)」みたいな感じですかね?まさか「デートで円卓」とか「ダーツの的ぐらい回す」とか、そういう新しすぎる奴じゃないよね笑。回転ベッドだってもう都内にないのに笑。

と、僕、正直、そこら辺よくわかってないまま書いてるんで笑、最後についこないだの上海の話してケツまくりますけど、バンドで行ったんで歓迎会があるんですよ。そこは中国文化の王道である「外は宮廷風ギンギラギンで中は安普請」感が満載の、デパート内、中の上カントニーズでしたけど(注文は全部タブレットでした)、案内された個室は、もう凄いの夜景と円卓が笑、直径3メートルはあったと思いますよ。卓上見ればいいのか夜景見ればいいのか迷っちゃう訳ですが、圧倒的に旨いんですが、「何だか分かんない」ばっかりでしたね。30品ぐらいでしたけど。

魚の皮と海藻と豆腐の煮物とかびっくりするぐらい旨いですし、鵞鳥(ガチョウ)の煮付けとかね。表面凍らせた冷製の酢豚(揚げてすぐ飴炊きにしてから氷の上に盛るんですよ)は、あれ日本でも早く取り入れれば良いのにね、ってえ感じで、まあまあ朝までヤラれました。あれまだちょっと東京じゃ無理ね。とはいえ今回名前出した店は全部現役ですから、ちょっとひと回ししに笑、いってらっしゃいませ!

銀座アスター本店

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