多数決や理論より、
リアルな場での実践を
『身銭を切れ』という本がある。著者のナシーム・ニコラス・タレブは、自らリスクをとらない=「身銭を切らない」、実践なき理論をふりかざす評論家や政治家らを舌鋒鋭く批判する。
「タレブは、“不確実性”のある世の中では、リスクを伴った意思決定が重要であることを歴史、哲学、数学を使いながら解説します。トレーダー出身で実践家の彼は一歩間違えると炎上しそうな現実の話題を、大胆に取り上げ、ユーモアと毒を交えて語ります」
本書を読むと、普段いかにも賢しげに人前で話す政治家や評論家が現実離れした議論をしていることに気づかされる。第3部で書かれる“少数決原理”(自分たちの権利や要求を主張する頑固な小集団が人口の約3%に達すると集団全体が彼らの主張に従わざるを得なくなるという原理)の話題はその代表だ。
「世の中には遺伝子組み換え食品を食べないと決めている人がいます。でも、気にしない人は気にせず食べますよね。公共の場で両者に配慮するのは大変なので、時間が経つと皆が非妥協的な集団に合わせることになるという社会原理です。
昨今のサステイナビリティへの取り組みなど、その他の社会のトピックに置き換えてみると、今後を考えるうえで示唆があります」
多くの行政や大企業は、3%の少数派を多数派に従わせようと苦心している。結果的に少数側と対立し、最終的に施策の撤回ややり直しに陥り、二重のコストを負うハメになるのは見慣れた光景だ。
「何事も“自分事”にならないと、人は現実の肝心な動きに気づかない。世界では“リアルな声”を無視した判断がなされていて、その多くがデータばかり見ているコンサルタントや官僚といった“知的バカ”によるものだと彼は喝破します。
より良い社会のためには各人が実践家として現実に対峙し、自らの責任でリスクをとって決断する。つまり、“身銭を切れ”というのが本書の主張です」
世界を戦略的に生き抜く
『アート戦略/コンテンポラリーアート虎の巻』もまた実践家による本である。著者である、編集者、クリエイティブ・ディレクター、大学教授の後藤繁雄は、日本人若手写真家を世界に売り出すために、自身でも現代写真ギャラリーを主宰し、国際的な評価も高い。
「世界のアートシーンの価値形成の構造や歪みを理解したうえで、どうすれば能動的かつ戦略的にアートの価値を作ることができるか。日本人がこういう本を書くこと自体が珍しい」
たしかに日本ではいまだに素朴なアート論(いいものを作ればいつか認められる)を説く教育者も多い中、いま現在の価値形成の仕組みとそこを生き抜く戦略を語るアート本は数少ない。
「これも彼が自ら展覧会や本をプロデュースし、経営者としてアートの現場にいるから、その言葉にリアリティがある」
モードと社会の相互作用
栗野宏文は〈ユナイテッドアローズ〉の創業メンバーであり、日本のファッション界の重要人物の一人でもある。彼が書いた『モード後の世界』もまた、クリエイションとビジネスの現場で試行錯誤を続けてきた人間だから書けた本だ。
「日本から欧米のファッションコミュニティに対峙し、その構造や歪みを理解したうえで、開拓してきた栗野さんの言葉は生々しく重みがあります。また、ファッションは社会情勢との相互作用が強く、そこを読み解くことも重要です。
ポスト・トランプ時代を迎えるいま、社会の大きな歪みは、逆に大きなイノベーションを生むエネルギーに転換し得る可能性でもあります。
その可能性は、各人が実践家として“身銭を切って”、現実に対峙することで初めて見つかるものだと思います」